第40話 ふわふわ漂う冷たい世界
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
クリオネポール水槽エリア。
冷気の混じった白い空気が、静かに漂っている。
青白い照明に照らされた巨大な円柱水槽の中では、小さなクリオネ達が羽を羽ばたかせるように泳いでいた。
ふわり。
ひらり。
雪が水中を舞っているようにも見える。
ミズクラゲは水槽にぺたりと張り付きながら、目を輝かせていた。
「やっぱり何回見ても綺麗〜……」
その隣では、白銀の髪を揺らす少女が静かに立っている。
「今日は特に元気ですね」
「そうなの?」
「はい。水温が安定していますから」
ミズクラゲは振り返る。
「クリオネちゃんってほんと詳しいよねぇ」
「観察しているだけですよ」
「それがすごいんだって〜」
ミズクラゲはむにーっと頬を膨らませた。
ハダカカメガイは相変わらず淡々としている。
しかし、その視線はちゃんとクリオネ達を見守っていた。
「そういえばさ」
「はい」
「クリオネちゃんって怒ることあるの?」
突然の質問だった。
ハダカカメガイは少しだけ考える。
「……ありますよ」
「えっ!?想像できない!」
「普通にあります」
「ほんとに〜?」
「本当です」
しかし、声色は相変わらず穏やかだった。
ミズクラゲはじーっと顔を覗き込む。
「今も怒ってない?」
「怒っていません」
「ほんとに?」
「はい」
「むぅ〜……わからない」
その時。
ぴこん、とハダカカメガイの肩に小さなクリオネが乗った。
「おや」
小さなクリオネはそのまま翼足をぱたぱた動かしている。
ミズクラゲは思わず目を輝かせた。
「わぁ〜!懐いてる〜!」
「いつもの子ですね」
「名前とかあるの?」
「ありますよ」
「あるんだ!?」
「みんなあります」
ミズクラゲはさらに驚いた顔をする。
「ちなみにその子は?」
「シロユキです」
「かわいい〜!」
シロユキと呼ばれたクリオネは、ハダカカメガイの髪の間に潜り込んだ。
まるで巣みたいに落ち着いている。
「完全に安心しきってる……」
「ここが暖かいのでしょう」
「クリオネちゃんって冷たいイメージあるけど意外とあったかいのかな」
「……どうでしょう」
ミズクラゲはくすくす笑った。
その時だった。
遠くの方から、ぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえてくる。
若い飼育員だった。
「あっ!いたいた!」
「どうかしましたか?」
「クリオネポール水槽の温度確認お願いしたくて!」
「今向かいます」
ハダカカメガイはすぐに返事をする。
その様子を見たミズクラゲがぽつりと呟いた。
「やっぱり頼られてるなぁ」
「普通です」
「普通じゃないって〜」
飼育員は苦笑しながら頭を掻いた。
「ハダカカメガイちゃん居ると安心するんですよねぇ」
「……そうですか?」
「うん。細かい変化にも気づいてくれるし」
「仕事ですから」
「それでも助かってます!」
飼育員は笑顔でそう言った。
ハダカカメガイは少しだけ視線を逸らす。
褒められることに慣れていないのだ。
ミズクラゲはその様子を見て、にやにやしていた。
「照れてる〜」
「照れていません」
「耳赤いよ?」
「気のせいです」
しかし、確かに少しだけ赤かった。
ミズクラゲは楽しそうに笑う。
「ふふふ〜」
「……そんなに面白いですか」
「うん!」
即答だった。
ハダカカメガイは小さくため息を吐く。
だが、その表情はどこか柔らかい。
「それじゃ、私は点検に行ってきます」
「私も行く〜!」
「走らないでくださいね」
「はーい!」
返事だけは元気だった。
案の定。
つるっ。
「あっ」
「だから言ったのに」
ミズクラゲは盛大に転びそうになる。
しかしその前に、ハダカカメガイが腕を掴んで支えた。
「わぷっ……た、助かった〜……」
「氷エリアは滑りやすいんです」
「うぅ〜……」
ミズクラゲはしょんぼりする。
そんな彼女を見て、ハダカカメガイは少しだけ笑った。
ほんのわずか。
だが確かに笑っていた。
「……今笑った!?」
「気のせいでは?」
「絶対笑った〜!」
「気のせいです」
ミズクラゲはじーっと顔を覗き込む。
しかしハダカカメガイは平然としていた。
その肩では、小さなクリオネが気持ちよさそうに揺れている。
冷たい空気。
静かな水音。
クリオネポール水槽エリアには、今日も穏やかな時間が流れていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




