第39話 流氷の天使とふわふわの友達
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
クリオネポール水層エリア。
青白い照明が揺れる空間を、無数の小さな光が漂っていた。
冷却された透明な水槽の中では、小さなクリオネ達が翼足をひらひらと動かしながら泳いでいる。
まるで雪のようだった。
白く透き通るような少女は、その光景を静かに見つめていた。
長い白銀の髪が、冷たい空気にゆっくり揺れる。
館長はその横に立ち、同じ景色を眺めていた。
「あら?……どうかしたの?ハダカカメガイちゃん」
「いえ、美しい、と、思っただけです。」
「ハダカカメガイ:「翼足目 裸殻翼足亜目 ハダカカメガイ科 ハダカカメガイ亜科 ハダカカメガイ属」
クリオネや流氷の天使として知られている。
殻を持たない巻貝の仲間でオホーツク海などに生息。
透明な身体と翼足を羽ばたかせて泳ぐ。
大きいもので3cmほどになり肉食でミジンウキマイマイなどを捕食し捕食シーンを見れるのは珍しい。
捕食する時はバッカルコーンと呼ばれる6本の触手を出して捕食しその姿は天使とは似ても似つかない
アクアリスとなったハダカカメガイは落ち着いていて面倒見がよく海獣の幼体の世話などもやっていたりする。」
「ふふっ、確かに、」
館長は優しく微笑む。
ハダカカメガイは水槽の前へ歩み寄った。
小さなクリオネ達が近づいてくる。
その姿を見つめる彼女の瞳は、どこか柔らかかった。
「……それと……たまに思うんです。私はちゃんとやれていますでしょうかって」
「えぇ、完璧すぎるくらいよ」
「そうですか……」
静かな返事。
だが、その表情は少しだけ曇っていた。
館長はそれに気づいていたが、あえて深くは聞かなかった。
真面目な子ほど、自分に厳しい。
だからこそ、周りが支えてあげる必要がある。
そんなことを思った時だった。
「おぉ〜い!クリオネちゃ〜ん!」
元気な声がエリア中に響く。
長い髪をゆるく揺らし、水のように透き通る瞳をした少女が大きく手を振っていた。
「お友だちが呼んでるわよ」
「……私はハダカカメガイですよ。ミズクラゲ」
「えぇ〜?でもこっちのほうが呼びやすいし」
「ミズクラゲ:「旗口クラゲ目 ミズクラゲ科 ミズクラゲ属 ミズクラゲ」
半透明の傘の中央に4つの胃(四つ葉のクローバーに見える)を持つクラゲです。
毒性は弱く刺されてもかゆい程度大量発生することもあり別名「ヨツメクラゲ」
アクアリスとなったミズクラゲは好奇心旺盛元気活発な少女です。」
「……そうですか」
「ねぇねぇ!聞いて!」
「はいはい、聞いていますよ」
ミズクラゲはぱたぱたと近寄ってくる。
その動きは本当にクラゲのようにふわふわしていた。
「さっきね!飼育員さんが転びそうになってね!」
「はい」
「私が支えたの!」
「おや、すごいですね」
「でしょでしょ〜!」
得意げに胸を張る。
しかし次の瞬間。
つるっ。
「あっ」
ミズクラゲは自分で滑った。
「きゃー!?」
ぼふっ。
ハダカカメガイが無言で受け止める。
「……危ないですよ」
「えへへ〜……」
「支えられる側になっています」
館長は思わず笑ってしまった。
ミズクラゲはむぅ、と頬を膨らませる。
「違うの!床が悪い!」
「さっき掃除したばかりですよ?」
「うっ」
言い返せなくなったミズクラゲは、誤魔化すように辺りを見回した。
すると、小さなクリオネ達が水槽の近くに集まっているのに気づく。
「わぁ〜、今日も元気!」
「さっき餌を食べたばかりですから」
「クリオネちゃんって、お世話ほんと上手だよねぇ」
「普通ですよ」
「普通じゃないよ〜?この前だって海獣エリアの子達寝かしつけてたし!」
「……あれは、眠れないと言われたので」
「アザラシの赤ちゃんまで懐いてたよね!」
「そうでしたか?」
「無自覚なのすごいよね……」
ミズクラゲは苦笑する。
ハダカカメガイは昔から面倒見が良かった。
頼まれれば断れない。
困っている子を見ると放っておけない。
だから自然と、周囲のアクアリス達が集まってくる。
だが本人は、それを特別なことだと思っていないのだ。
「……でも」
ハダカカメガイは水槽を見つめたまま、小さく呟いた。
「もっと、ちゃんとしないと」
「ん?」
「私は落ち着いているだけです。皆さんみたいに元気づけたり、盛り上げたりは苦手ですから」
ミズクラゲは少しだけ目を丸くする。
それから、ふっと笑った。
「でもさ」
「?」
「クリオネちゃんが居ると安心するよ?」
「……安心?」
「うん。なんかね、静かで落ち着くの」
ミズクラゲはそう言いながら、近くのベンチにぽすんと座った。
「私、じっとしてるの苦手だからさ〜」
「知っています」
「でもクリオネちゃんと居ると、なんかのんびりできるんだよね」
ハダカカメガイは少しだけ目を伏せた。
そんな風に言われるとは思っていなかった。
「だからさ、ちゃんと出来てるとか、難しく考えなくていいんじゃない?」
「……」
「居てくれるだけで安心する人って、いるんだよ?」
ミズクラゲはにこっと笑った。
その笑顔は、照明に透ける水のように柔らかかった。
ハダカカメガイはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして!」
ミズクラゲは嬉しそうに立ち上がる。
その瞬間。
また足を滑らせた。
「あっ」
ずるっ。
「きゃ〜!?」
今度もハダカカメガイが支える。
「……学習してください」
「うぅ〜……」
館長は堪えきれず笑い声を漏らした。
クリオネポール水層エリア。
静かな光の中で、ふたりの小さなやり取りが今日も続いていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




