第37話 森の奥の発電魚
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
第三アクアリス水族館、アマゾンエリア。
湿った空気が漂う通路には、熱帯植物が生い茂っていた。
巨大な葉。
絡み合うツタ。
霧のようなミスト。
どこからか聞こえる水音と、遠くの生き物の鳴き声。
まるで本当に熱帯雨林へ迷い込んだような場所だった。
ミナミメダカはきょろきょろと周囲を見回す。
「ここは?」
前を歩くデンキウナギが振り返る。
「私のお家のあるエリア、アマゾンエリア、」
「そうなんですね。森みたいです。」
「森にあるからね」
アマゾンエリアは、水族館の中でもかなり広い区域だった。
大型水槽だけでなく、陸地部分まで再現されている。
巨大な流木の間を水が流れ、上空には人工太陽灯が設置されていた。
ミナミメダカは感嘆の声を漏らす。
「すごい......川っていうより、探検してるみたい」
「ここ、迷う人も多い、」
「えぇっ!?」
「飼育員さんもたまに道間違える、」
「そ、そんなに!?」
デンキウナギは少しだけ笑った。
その時だった。
ザバァッ!!
巨大水槽の中で大きな水音が響く。
「ひゃっ!?」
ミナミメダカが飛び上がる。
水槽の中から現れたのは、長い体を持つ大魚だった。
銀色の鱗。
大きな口。
悠然と泳ぐ姿。
ミナミメダカは呆然と見上げる。
「お、大きい......」
「ピラルクー、」
「ぴらるくー......?」
「アマゾンにいる巨大魚、空気呼吸する、」
ピラルクはゆっくり水面へ浮上すると、ゴボォッと音を立てて空気を吸い込んだ。
その迫力にミナミメダカは目を丸くする。
「すごい......魚なのに息継ぎしてる......」
「アマゾンは酸素少ない場所もあるから、」
「へぇ〜......」
その時。
通路脇の植物がガサガサと揺れた。
ミナミメダカはびくりと肩を震わせる。
「な、なにかいます!?」
デンキウナギは冷静だった。
「大丈夫、」
葉の隙間から現れたのは、小さなモップを抱えた飼育員だった。
「あれ?デンキウナギちゃん」
「掃除中?」
「うん、この辺湿気多いからね〜」
飼育員はミナミメダカを見る。
「新しい子?」
「ミナミメダカ、です!」
「礼儀正しいなぁ」
飼育員は笑いながら床を拭く。
「この辺りは特に滑りやすいから気をつけてね」
「はい!」
飼育員は去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ミナミメダカはぽつりと呟く。
「アマゾンエリアって、なんだか生きてる感じが強いですね」
「うん、音も匂いも多いから、」
デンキウナギは壁に触れる。
微弱な電流が走る。
「私はここ、好き、」
「お家だから?」
「それもある、」
デンキウナギは少しだけ考えるように目を細めた。
「なんだか落ち着く、」
ミナミメダカはその横顔を見る。
いつも警戒している彼女が、少しだけ柔らかく見えた。
二人はさらに奥へ進んでいく。
すると、小さな水路が見えてきた。
水面には浮草が広がり、淡い光が揺れている。
「綺麗......」
「ここ、夜になるともっと綺麗、」
「そうなんですか?」
「うん、月光照明が反射して、川が光る、」
ミナミメダカは目を輝かせる。
「見てみたいです!」
その時だった。
バチッ。
デンキウナギの髪先に電流が走る。
少女はぴたりと立ち止まった。
「......?」
ミナミメダカも緊張する。
だが、デンキウナギはすぐに小さく息を吐いた。
「魚の群れだった、」
「び、びっくりしました......」
「ごめん、癖で警戒しちゃう、」
ミナミメダカは首を横に振る。
「でも、なんだかかっこいいです」
「え?」
「周りをちゃんと守ろうとしてる感じがして」
デンキウナギは少しだけ困ったような顔をした。
「......そんな大したことじゃない、」
「大したことです!」
ミナミメダカは真っ直ぐ言った。
「私、デンキウナギさんみたいになりたいです」
その言葉に、デンキウナギは目を丸くする。
しばらく沈黙。
やがて、小さく笑った。
「じゃあ、まずは転ばないようにしないと、」
「え?」
その瞬間。
ぬるっ。
「きゃぁっ!?」
ミナミメダカの足が滑る。
湿った床に足を取られたのだ。
だが倒れる寸前。
バチッ。
デンキウナギが腕を掴む。
「危ない、」
「うぅ......」
ミナミメダカは真っ赤になった。
デンキウナギは小さく笑う。
「アマゾンエリア、油断すると危ない、」
「はい......気をつけます......」
少し恥ずかしそうに俯くミナミメダカ。
そんな彼女を見ながら、デンキウナギはどこか楽しそうに歩き出した。
熱帯植物が揺れる。
水音が響く。
生き物たちの気配が満ちる森の中を、二人の小さな足音がゆっくり響いていくのだった。
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