第35話 夜色にゆれる巡回灯
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
第三アクアリス水族館、夜の川魚エリア。
館内の照明は少し落とされ、水層の青い光だけが静かに通路を照らしていた。
昼間よりも静かな館内。
水の流れる音。
濾過装置の低い振動。
魚たちの泳ぐ気配。
その中を、黒髪の少女が歩いている。
腰のムチを揺らしながら進むデンキウナギの後ろを、小柄な少女がちょこちょことついていく。
ミナミメダカだった。
「わぁ〜......夜って、なんだか昼と違いますね」
「うん、夜は魚たちも落ち着く時間だから、静か、」
デンキウナギは水層を見上げながら答える。
小魚の群れがゆっくり流れるように泳いでいた。
水草の陰ではドジョウがじっとしている。
ナマズは岩陰に隠れ、ほとんど動かない。
ミナミメダカは感心したように水槽へ顔を近づけた。
「昼はもっと元気でした!」
「夜行性の子もいるけど、基本はみんな休むからね、」
「へぇ〜......」
その時だった。
バチッ。
デンキウナギの髪先に微かな電流が走る。
少女はぴたりと足を止めた。
「......?」
ミナミメダカも止まる。
デンキウナギは目を閉じ、周囲へ弱い電流を流した。
電気感覚。
空気の振動。
水流。
生命反応。
異常確認。
しばらくして、ふぅと息を吐く。
「よかった、異常なし、」
「今の、索敵ですか?」
「うん、巡回中はずっとやってる、」
ミナミメダカは驚いたように目を丸くした。
「す、すごいです......!私、そんなことできません」
「慣れればできるかも、」
「無理です〜......」
デンキウナギは少し考えるように視線を上げた。
「でも、ミナミメダカは周りを見るの得意そう、」
「え?」
「さっきも、アビスを見つけたの、ミナミメダカだった、」
「あ......」
ミナミメダカは照れたように俯く。
「た、たまたまです」
「たまたまでも、気づけるのはすごいこと、」
静かな声だった。
けれど真っ直ぐだった。
ミナミメダカは少しだけ嬉しそうに笑う。
その時。
通路の向こうから足音が聞こえてきた。
工具箱を持った飼育員がこちらへ歩いてくる。
「あれ?デンキウナギちゃんまだ巡回してたの?」
「はい、異常確認中です」
「真面目だなぁ」
飼育員は苦笑しながらミナミメダカを見る。
「あ、新しい子?」
「ミナミメダカ、です!」
ぺこりと頭を下げる。
「礼儀正しいねぇ」
ミナミメダカは少し照れながら笑った。
飼育員は工具箱を持ち直す。
「そうそう、今から夜間の水流チェックするから、少し流れ強くなる場所あるかも」
「わかりました、注意します」
「無理しないようにね?」
「はい」
飼育員は手を振って去っていった。
再び静寂。
その直後だった。
ゴォォォン......
遠くで機械音が鳴る。
直後、水層の流れが一瞬だけ強くなった。
「わっ!?」
ミナミメダカの身体がふわりと流される。
小柄な身体は水流の影響を受けやすい。
「きゃっ......!」
その瞬間。
バチッ。
デンキウナギの腕から微弱電流が走る。
電磁力で水流を乱し、ミナミメダカの身体を減速させた。
「大丈夫?」
「は、はいっ......!」
デンキウナギはそっとミナミメダカの腕を支える。
ミナミメダカは顔を赤くした。
「す、すごい......」
「これくらいなら簡単、」
「デンキウナギさんって、本当に何でもできるんですね......」
「そんなことないよ、」
デンキウナギは静かに首を振る。
「私は、電気を出せるだけ、」
「でも、それで守ってくれました!」
ミナミメダカは真っ直ぐ言った。
その言葉に、デンキウナギは少しだけ目を丸くする。
それから小さく笑った。
「......ありがとう」
その時。
川魚エリアの大型水槽で、小魚たちが一斉に向きを変えた。
銀色の群れが月明かりのような照明を反射し、きらきらと輝く。
ミナミメダカは思わず声を漏らした。
「綺麗......」
「うん、」
二人は並んで水槽を見上げる。
静かな夜。
まだ誰も知らない開館前の水族館。
そこには、人間もアクアリスも、生き物たちも、みんなで作っている小さな世界があった。
「ねぇ、デンキウナギさん」
「ん?」
「私、もっと頑張って強くなりたいです」
ミナミメダカは水槽を見つめたまま言う。
「守られる側じゃなくて、守る側になりたい」
その声は小さい。
けれど強かった。
デンキウナギは少しだけ考える。
それから、そっとミナミメダカの頭を撫でた。
パチパチと微かな静電気が弾ける。
「じゃあ、一緒に頑張ろう、」
「......はい!」
ミナミメダカは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、デンキウナギもまた、ほんの少しだけ柔らかく笑うのだった。
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次回もお楽しみに




