第32話 海の中のショートレーニング
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
「ショープール」
ドルフィントレーナーがプールサイドで手を振る。
「あ、いたいた、」
水面から顔を出したマイルカが元気よく返事をした。
「トレーナーさん!今からショーのトレーニングしようと思ってけど、どうしたの〜?」
「まぁ、そうだったんですね。そうそう、昼に設備の点検をするのでうるさくなるかもしれませんが、気をつけてくださいね」
「はーい」
「はい、問題ない.....です」
「わかった!」
「うん!」
「オッケーだよ〜!」
「うん〜」
六人の返事にドルフィントレーナーは安心したように頷いた。
「それと、今日は軽めにしてくださいね。イロワケイルカちゃんも無理はしないように」
白黒模様の少女が水面でぷかぷか浮かびながら笑う。
「だいじょーぶだよ〜」
だが、その少し眠たそうな声に、スナメリが心配そうな目を向けた。
「でも、昨日もちょっと咳してたよね〜?」
「ん〜、ちょっとだけ」
シャチが静かに近づく。
「無理……よくない……」
イロワケイルカは苦笑した。
「わかってるって〜」
ドルフィントレーナーもしゃがみ込み、水面へ手を伸ばす。
「今日は海中トレーニングだけにしましょう。ジャンプ系は禁止です」
「えぇ〜」
マイルカが少し残念そうに声を漏らす。
するとコガシラネズミイルカがくるりと回転した。
「でも海中トレーニング好き!」
シロイルカも嬉しそうに頷く。
「私も〜!」
ドルフィントレーナーが笑った。
「それじゃあ、フォーメーション練習をお願いします。音響設備は点検中なので、今日は手信号で」
「お〜!」
六人は一斉に水中へ潜った。
ショープールの中は青い光が揺れている。
大きな窓から差し込む光が、水の中に白い筋を作っていた。
イロワケイルカが先頭を泳ぐ。
その後ろを、マイルカ、コガシラネズミイルカ、シロイルカ、スナメリ、シャチが続く。
水中で身体をひるがえすたび、泡がふわりと舞い上がる。
プールサイドではドルフィントレーナーが手旗を使って指示を出していた。
右。
旋回。
停止。
六人はぴたりと動きを合わせていく。
マイルカが勢いよく回転しすぎて、スナメリと軽くぶつかった。
「あっ、ごめん!」
「だ、大丈夫〜」
スナメリが少しふらつく。
するとシャチがすっと間に入り、ゆっくり支えた。
「怪我……ない……?」
「うん、平気」
イロワケイルカが水中でくすくす笑う。
「なんか家族みたい〜」
シロイルカが嬉しそうにくるくる回った。
「わかる〜!」
コガシラネズミイルカが急加速する。
「競争しよ!」
「だめです〜!」
ドルフィントレーナーの声が水中スピーカー越しに響いた。
「今日は安全第一ですよ〜!」
「はーい」
少し不満そうに返事をしながらも、コガシラネズミイルカはちゃんと減速する。
その様子を見て、スナメリがふふっと笑った。
「なんだか学校みたい」
「学校?」
イロワケイルカが首を傾げる。
「うん。みんなで練習して、注意されて、でも楽しくて」
マイルカが勢いよく頷いた。
「たしかに!」
シャチは静かに水流を見つめる。
「悪く……ない……」
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……!
遠くから低い振動音が響いてきた。
設備点検の音だ。
コガシラネズミイルカがびくっと跳ねる。
「わっ!?」
シロイルカも驚いて水面近くまで浮かび上がった。
「びっくりした〜!」
だがイロワケイルカは少し苦しそうに眉を寄せた。
「ぅ……」
スナメリがすぐ気づく。
「イロワケイルカちゃん?」
呼吸が少し乱れている。
ドルフィントレーナーもすぐに異変に気づいた。
「休憩!」
六人はすぐに浅い場所へ集まる。
イロワケイルカは水面に寄りかかるようにして息を整えていた。
「ごめん〜……ちょっとだけ苦しかった〜」
ドルフィントレーナーが優しく頭を撫でる。
「謝らなくて大丈夫ですよ。だから軽めにって言ったんです」
シャチがじっとイロワケイルカを見る。
「今日は……もう……終わり……?」
イロワケイルカは少し考えて、それから笑った。
「ううん、まだやる〜」
「えぇ〜?」
マイルカが驚く。
「無理しちゃだめだよ!」
「無理じゃないよ〜」
イロワケイルカは水面でくるりと一回転した。
「みんなと泳ぐの、好きだから」
その言葉に、みんなが少し静かになる。
コガシラネズミイルカがぽつりと言った。
「じゃあ、ゆっくりやろ」
シロイルカも頷く。
「うん!のんびり〜!」
スナメリが微笑む。
「それなら安心」
シャチも小さく頷いた。
「賛成……」
ドルフィントレーナーはその様子を見て、少しだけ笑った。
「では最後に、ゆっくり一周だけにしましょうか」
「お〜!」
六人は再び水の中へ潜っていく。
今度は競うような速さではない。
みんながイロワケイルカの速度に合わせ、ゆっくりと泳いでいた。
青い水の中を、六つの影が並んで進んでいく。
その姿はまるで、一つの群れのようだった。
今日もアクアリス水族館には、穏やかで優しい時間が流れている。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




