第29話「ショープールの白と灰色」
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
「ショープール 水槽内」
「....暇だな〜」
白黒模様の少女が、水槽の中をぷかぷかと漂っていた。
背泳ぎのまま、天井をぼんやり眺め、尾びれのような髪をゆらゆらと揺らしている。
「イロワケイルカ:「ハクジラ亜目 マイルカ科 イロワケイルカ属 イロワケイルカ」南アメリカの南端 フエゴ島、フォーグランド諸島、インド洋南部、ケルゲレン諸島周辺の海に生息、その色合いからパンダイルカなどと言われたりする。頭、背びれ、尾びれが黒くそれ以外が白い、世界最小クラスの小型イルカ、イルカには明確な分類上の区別はなくクジラの仲間」
「うぅ~、みんなは定期検診に行っちゃったから〜暇だな〜....」
ショープールは広かった。
まだ一般開放されていないその場所は、静かな水音だけが響いている。
ときおり循環装置の音が低く鳴り、水面に小さな波紋が浮かんでは消えていった。
「はぁ〜……」
くるりと回転する。
また背泳ぎになる。
「なんか、誰か来ないかな〜」
その瞬間。
ドボーンッ!!
盛大な水しぶきが上がった。
「ん!?」
イロワケイルカが勢いよく起き上がる。
「ん?あ!ミイルちゃん!」
淡灰色の少女が、水面からぴょこんと顔を出した。
「お姉ちゃん!ただいま~終わったよ〜」
「うん!おかえり、ミイルちゃん」
「うん!コガシラネズミイルカ!ただいま戻りました!」
「コガシラネズミイルカ:「鯨偶蹄目 ネズミイルカ科 ネズミイルカ属 コガシラネズミイルカ」メキシコのカルフォルニア湾北部に生息。最大全長148センチメートル、体形は太くて短く背鱗は鎌状、丈が高く胸鱗は三日月形で先端が尖る。胸ビレは幅が狭く小さい、背ビレは大きく後方に傾いた三角形で尾ビレは両端が尖り、中央にはっきりとした切れ込みがある、背面は暗灰色、体側面は淡灰色で腹面は白く、目の周辺や口の周りが黒い、水深40メートルの沿岸部に生息し同科他種と同じく群れをつくる。差し網やトロール漁による乱獲により生息地が激減しているが狙って乱獲しているわけではなく同じくらいの大きさのトトアバと言う魚を密漁、捕獲するための網に誤ってかかってしまっている。トトアバの密漁は禁止されている。コガシラネズミイルカはただのとばっちりのようなものである。確認されているだけでも10頭ほどしか確認されておらず絶滅危惧種である。保護しようとプログラムが動いたがデリケートなためストレスで捕まえても死んでしまうため断念された。アクアリスとなったコガシラネズミイルカは好奇心旺盛で危なっかしい」
コガシラネズミイルカは元気いっぱいに水中をくるくる回る。
「検診どうだった〜?」
「ん〜?いっぱい測られた〜!」
「それは検診だからね〜」
「あ!あとね!聴診器あてられた!」
「うんうん」
「それでね!くすぐったかった!」
「あははっ」
イロワケイルカは楽しそうに笑った。
さっきまでの退屈そうな顔は、もうどこにもない。
「ほかのみんなは。」
「ん〜?寄るところがあるって言ってたよ~?それより〜遊ぼ~」
「うん!」
二人は同時に水を蹴った。
ばしゃっ!!
白い泡が広がる。
イロワケイルカは滑るように泳ぎ、コガシラネズミイルカはその横をぴったり並んで進んだ。
「競争しよ〜!」
「いいよ〜!負けないからね!」
「よーい!」
「どん!」
二人は同時に飛び出した。
ショープールの中を、白と灰色の影が駆け抜けていく。
ミイルは小回りが利く。
くるくる回転しながら一気に前へ出た。
「わぁっ!?はや!」
「えへへ〜!」
しかしイロワケイルカも負けない。
大きく弧を描きながら加速する。
水流が尾を引き、勢いよくコガシラネズミイルカを追い抜いた。
「わー!?お姉ちゃんずるい〜!」
「ずるくないよ〜」
「待って待って〜!」
そのまま二人は水槽を一周し、勢い余って水面から飛び出した。
ざばぁっ!!
「わぁ〜!」
「きゃははっ!」
空中で回転し、また水へ飛び込む。
ショープールに水音と笑い声が響いた。
「ねぇねぇ!」
「ん〜?」
「お姉ちゃんはさ〜ショーって楽しみ?」
イロワケイルカは少し考えた。
「ん〜……楽しみ、かな〜」
「かな〜?」
「だってまだ想像つかないし」
「そっか〜」
コガシラネズミイルカはぷかぷか浮かびながら天井を見上げる。
「でもね!」
「ん?」
「みんなと一緒なら楽しそう!」
「……うん」
イロワケイルカは優しく笑った。
「そうだね〜」
静かな時間が流れる。
水面がゆっくり揺れる。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
「私たちって、ほんとにクジラの仲間なんだよね?」
「そうだよ〜」
「イルカなのに?」
「イルカもクジラの仲間だからね〜」
「へぇ〜」
コガシラネズミイルカは自分の腕を見る。
「なんか不思議〜」
「ふふっ」
その時だった。
ぐぅぅ〜……
「あ」
「……」
コガシラネズミイルカのお腹が鳴った。
「お腹空いた〜……」
「さっき検診だったからね〜」
「いっぱい動いたし〜」
「じゃあ飼育員さんのとこ行く?」
「行く〜!」
コガシラネズミイルカは勢いよく飛び上がる。
しかし。
つるっ。
「あ。」
「え?」
べしゃっ!!
水面に顔から落ちた。
「ぶはっ!?」
「あははははっ!!」
「も〜!笑わないでよ〜!」
「だって〜!」
コガシラネズミイルカはむくれながら頬を膨らませる。
「むぅ〜……」
「ごめんごめん〜」
「ほんとに〜?」
「ほんとほんと〜」
イロワケイルカはミイルの頭をぽんぽん撫でた。
するとコガシラネズミイルカはすぐ機嫌を直す。
「えへへ〜」
「単純だね〜」
「え〜?」
二人は顔を見合わせる。
そして。
「あははははっ!!」
また笑い声が響いた。
開園前の静かなショープール。
そこには今日も、小さな幸せがゆったりと漂っていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




