第24話 南の海から来た案内人
「ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。」
海藻エリアには、ゆらゆらと揺れる人工海藻の影が広がっていた。
淡い緑色の照明が水層を照らし、まるで本物の海底のような静かな景色を作り出している。
リーフィーシードラゴンは細い指先で海藻に触れながら、ゆっくりと歩いていた。
「オーストラリアの第二アクアリス水族館は、とても広い場所でした。」
ミミックオクトパスは目を輝かせる。
「ひ、広いんですか?」
「はい。海そのものを切り取ったような場所でして、外には本物の海と繋がった大きな保護区域もありました。」
モンハナシャコが腕を組む。
「へぇ~、スケールでかいな。」
「それに、暖かい海域ですので、サンゴ礁がとても綺麗なのですよ。」
オニイトマキエイがふわりと笑う。
「いいなぁ〜、暖かい海〜」
「わたくし達リーフィーシードラゴンは、海藻の多い場所で暮らしますが、少し移動すると色鮮やかな魚たちが群れで泳いでおりました。」
「群れかぁ。」
モンハナシャコは近くの水槽を見る。
熱帯魚たちがまだ少ない海藻エリアは静かだった。
だが、これから生き物が増えれば、きっと景色は変わる。
リーフィーシードラゴンは続けた。
「それに、第二アクアリス水族館には、世界中から来たアクアリス達がいました。」
「世界中?」
ミミックオクトパスが驚く。
「はい。南極近くの海から来た方もいれば、熱帯の珊瑚礁から来た方もいました。」
「へぇ〜、すごいな〜」
オニイトマキエイが感心したように頷く。
「文化も言葉も少し違いましたが、みなさん優しかったです。」
「やっぱり、アクアリス同士って仲良くなるもんなんだな。」
モンハナシャコの言葉に、リーフィーシードラゴンは微笑む。
「えぇ。最初は緊張しましたけれど。」
ミミックオクトパスが小さく反応した。
「……最初は、やっぱり怖かったですか?」
「もちろんです。」
その返答は迷いがなかった。
「わたくし、人と話すのが得意ではありませんでしたから。」
「えっ!?」
ミミックオクトパスは思わず声を上げる。
落ち着いていて綺麗で、まるでお嬢様のような雰囲気の彼女が、そんな風だったとは思えなかった。
リーフィーシードラゴンはふふっと笑った。
「今でも、少し緊張はしますよ。」
「そ、そうなんですか?」
「ですが、少しずつ慣れていけば良いのです。」
ゆっくり。
焦らず。
その声音は穏やかだった。
モンハナシャコがミミックオクトパスの肩を軽く叩く。
「だってよ。」
「……はい。」
ミミックオクトパスは少しだけ嬉しそうに笑った。
リーフィーシードラゴンは海藻の揺れる水槽を見つめる。
「第二アクアリス水族館では、毎日のように勉強会が開かれていました。」
「勉強会?」
「はい。人間について学んだり、海について学んだり。」
オニイトマキエイが首を傾げる。
「人間の勉強って楽しいの〜?」
「とても。」
即答だった。
「人間という生き物は不思議です。弱いのに、海を渡り、空を飛び、深海まで来てしまう。」
「たしかに。」
モンハナシャコが笑う。
「アタイらじゃ作れねぇもんな、建物とか。」
「えぇ。それに、わたくし達のことを知ろうとしてくれます。」
ミミックオクトパスは少し考える。
館長や飼育員達の顔が浮かんだ。
怖がらせないように声をかけてくれたこと。
ゆっくり待ってくれたこと。
「……優しい、ですよね。」
「はい。」
リーフィーシードラゴンは頷いた。
「だから、わたくしも、人間をもっと知りたいと思ったのです。」
海藻がゆらりと揺れる。
その姿は、本当に海藻そのもののようだった。
ミミックオクトパスがぽつりと呟く。
「第二アクアリス水族館、行ってみたいな……」
「機会があれば、きっと行けますよ。」
「ほんとか?」
「はい。アクアリス水族館同士では交流がありますから。」
オニイトマキエイが嬉しそうに笑った。
「楽しそうだね〜」
「えぇ。ですが——」
リーフィーシードラゴンはゆっくりと周囲を見回した。
まだ完成したばかりの第三アクアリス水族館。
新しい匂い。
少し静かな館内。
だけど、確かに増え始めている命の気配。
「ここも、きっと素敵な場所になります。」
モンハナシャコが笑う。
「もうなってるだろ。」
「ふふっ、そうですね。」
ミミックオクトパスは水槽の魚たちを見る。
少し前までは、ここに来るだけで怖かった。
知らない場所。
知らない人。
知らないアクアリス。
だけど今は違う。
「……なんだか、楽しいです。」
オニイトマキエイが優しく笑う。
「よかった〜」
モンハナシャコもにひひっと笑った。
「だろ?」
その時だった。
遠くから低い振動音が聞こえてくる。
ぶぉぉぉん……
オニイトマキエイが耳を動かす。
「ん〜?」
モンハナシャコが振り返った。
「搬入口のほうか?」
ミミックオクトパスもそちらを見る。
「な、なにか来たんでしょうか?」
リーフィーシードラゴンは静かに目を細めた。
「新しい命、かもしれませんね。」
◇
「活魚車の中。運転席」
窓の外には、大きな建物が見えていた。
まだ新しい白い壁。
青いロゴ。
海のような色をした巨大施設。
黄色いアクアリスの少女は、じっとその建物を見つめていた。
「.....」
業者がハンドルを握ったまま笑う。
「楽しみかい?」
少女は小さく頷く。
「はい、...あれが、第三アクアリス水族館ですか?」
「ん?あぁ、そうだよ。きっといいともができるさ、な、ウデフリツノザヤウミウシ、」
「....はい!」
「ウデフリツノザヤウミウシ:「後鰓目 裸鰓亜目 フジタウミウシ上科 フジタウミウシ科 ミズタマウミウシ属 ウデフリツノザヤウミウシ」インド洋、西太平洋、メキシコ湾などに生息。黄色から山吹色の体色に触覚、突起、尾の先端が黒や青に染まっている。別名「海のピ◯チュウやピ◯チュウウミウシ」として有名でダイバーからも人気。水深10メートルほどの砂底に住む、藻を食べ雌雄同体。触覚の根本にある腕のような指状突起をフリフリ動かして歩く様子が観察される」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




