第21話 海を運ぶ者と、臆病な決意
ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
「熱帯エリア、先ほどのアクアリス達と別れて歩き出す」
モンハナシャコは軽く腕を振りながら、先を行く通路を指で叩くようにして進んでいた。床の下では温水の循環音が微かに響き、ガラス越しの水槽では色とりどりの魚がゆったりと流れていく。
「なっ!けっこういいもんだろ?」
その声に、隣をついて歩くミミックオクトパスは小さく頷いた。まだ緊張は抜けていないが、さっきよりも足取りは軽い。
「は、はいっ!」
彼女は周囲を何度も見回しながらも、少しずつこの場所の空気に慣れ始めていた。
モンハナシャコは鼻で笑うようにして前を向く。
「だろ?ここはな、慣れりゃ楽しいんだよ」
そのとき、前方の通路で大きな影が動いた。
黒髪の少女が、大きな箱を一人で抱えて歩いている。箱は水槽設備の部品らしく、金属枠が光を反射して鈍く輝いていた。
「おーい!オニイトマキエイ!!」
モンハナシャコが声を上げると、黒髪の少女は顔を上げた。
「ん?お!やっほ〜」
その声はどこかゆったりとしていて、海そのもののように落ち着いている。
ミミックオクトパスは慌てて一歩下がりながらも、丁寧に頭を下げた。
「こ、こんにちは、私、ミミックオクトパス、ですっ!」
「うん、こんにちは、オニイトマキエイだよ〜」
その返事に、ミミックオクトパスは少しだけ安心したように息を吐いた。
モンハナシャコは腕を組みながら箱を見た。
「なに運んでんだ?」
「ちょっとね〜」
軽くはぐらかすように答えるオニイトマキエイに、モンハナシャコは呆れたように肩をすくめる。
「手伝うぜ」
「わ、私もっ!!」
ミミックオクトパスも慌てて手を上げる。
オニイトマキエイは嬉しそうに笑った。
「お、ありがとー」
「オニイトマキエイ:「トビエイ目 イトマキエイ科 イトマキエイ属 オニイトマキエイ」日本でも、マンタと呼ばれ、熱帯の海のごく、表層を遊泳し泳ぎながらプランクトンを食べる。毒はない。頭部先端の両側には頭鰭と呼ばれるヘラ状の鱗がありこれは、伸ばしたり丸めたり自由に形を変形できて、餌を取るのに役立つと考えられている。最大で横幅6〜8メートル、体重3トンにも達する世界最大級のエイである。ダイバーに人気がある。アクアリスとなったオニイトマキエイはよく飼育員の手伝いをしてくれる」
三人は力を合わせて箱を運び、近くの整備用スペースへと移動した。
「よいしょ〜、ここでいいよ〜」
オニイトマキエイが軽く降ろすと、床がわずかに沈むほどの重さだったことがわかる。
「おう!」
「はいっ!」
モンハナシャコとミミックオクトパスも手を離し、それぞれ息を整えた。
オニイトマキエイは満足そうに手を叩く。
「ありがとね〜」
「なに、助け合いだろ」
「で、ですねっ!」
ミミックオクトパスが慌てて同意するように頷くと、オニイトマキエイは楽しそうに目を細めた。
モンハナシャコはふと箱を見ながら尋ねる。
「それよりこれどうしたんだ?」
「ん〜?いつものことだよ〜、私が無理やりお願いして頼んだの〜」
「無理やり……」
ミミックオクトパスが小さく呟き、モンハナシャコは呆れたように笑う。
「あいかわらずだな」
そのとき、後方から足音が近づいてきた。
飼育員がため息混じりに現れる。
「あ。いたいた、もう、勝手に運んだら危ないよ」
「すみません、こういうのが好きなもので」
オニイトマキエイはまったく悪びれずに笑っていた。
飼育員は軽く頭を押さえながらも、それ以上は強くは言わず、箱を持ってバックヤードへと戻っていった。
オニイトマキエイはその背中を見送りながら、思い出したように二人へ向き直る。
「そうだ〜、君たちは〜なにしてたの〜?」
「ん?散歩だよ」
モンハナシャコが即答する。
「はいっ!」
ミミックオクトパスも勢いよく答えた。
オニイトマキエイは嬉しそうに手を合わせる。
「おぉ〜、いいねぇ〜、それじゃあ、お供するね〜」
「お、おう」
モンハナシャコは少しだけ間を置いて返事をした。
ミミックオクトパスは驚いたように目を丸くする。
「え!?」
モンハナシャコは小さく肩をすくめる。
「こいつは一度言ったことは撤回しないからな」
「そうなんですね」
ミミックオクトパスはまだ戸惑いながらも、少しだけ表情を緩めた。
オニイトマキエイは前を指さす。
「それじゃあ〜行こ〜」
「は、はいっ!」
「おう」
三人は再び歩き出す。
水槽の向こうでは、光の粒がゆっくりと流れていく。熱帯の水は静かに揺れ、まるでこの世界そのものが呼吸しているようだった。
その中を、まだ不器用な三人の足音が、確かに重なっていく。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




