第15話 歌声の向こう側
ここは、アクアリス達が暮らしているアクアリス水族館。
今日も今日とて平和です。
アクアリス水族館――海色に光る大水槽の薄暗い広間。
広間の壁一面を使った巨大水槽では、青く照らされた魚たちがゆったりと群れを作って泳いでいた。
小魚の群れがきらきらと光を反射し、その合間をエイが羽のように滑っていく。
床へ揺れる水の光はまるで海の底のようで、静かな空間には水の流れる低い音だけが響いていた。
その広間の隅で、小柄なアクアリス達が楽しそうにはしゃいでいる。
「わぁ〜!見て見て!」
「すご〜い!」
そんな賑やかな声を遠くに聞きながら、オオシャコガイは静かに立ち止まっていた。
灰色の髪が水色の光を受けて淡く揺れる。
「........さっきのあの歌、聞き取れないけど、多分、クジラ類の.......」
小さく呟いたその時。
「あれ〜?オオシャコガイじゃん、なにしてるの〜」
のんびりとした声が後ろから聞こえた。
振り向くと、銀髪の少女がひらひらと手を振っていた。
頭には三本の触覚のような飾りがあり、背後には長い尾のようなリボンがゆっくり漂っている。
独特な浮遊感を纏う少女――リュウグウノツカイだった。
オオシャコガイは少し目を細める。
「...リュウグウノツカイ....少し考え事、」
「そうなんだ~」
「リュウグウノツカイ:『アカマンボウ目 リュウグウノツカイ科 リュウグウノツカイ属 リュウグウノツカイ』太平洋の海底から離れた中層の海を漂い、群れを作らず単独で生活する深海魚で、内蔵などの臓器が顔の方によっているため後ろの方は食べられても動じない、襲われたときにトカゲのように自切するがトカゲのように再生はせずそのままである。人前に姿を出すことはめったにない。生きた姿を撮影した姿は珍しく、生態はほとんど不明、水族館に展示されたこともあったが長くは続かなかった、とてもデリケートで浅瀬に来るだけでも、ストレスであり低圧では弱ってしまう。移動するときは体を前傾させて長い尾びれを波打たせるようにして泳ぐと考えられる。食事は胃内物調査により、プランクトンを食べると推測されている。10mを超えることもある大型である」
リュウグウノツカイは広間を見回しながらゆっくり歩く。
その動きは、まるで本当に海中を漂っているようだった。
「ここ、綺麗だよね〜。なんだか海の中みたい」
「ん、落ち着く。」
巨大水槽の青い光が二人を照らす。
魚たちが通るたび、天井や壁に揺れる影が広がった。
リュウグウノツカイはふとオオシャコガイを見上げる。
「でも珍しいね、オオシャコガイが悩んでるなんて」
「悩んでるわけじゃない、......少し気になってるだけ」
「気になる?」
オオシャコガイは静かに頷いた。
「ん、館長が話してたクジラのアクアリス“五二ちゃん”のことを考えてた、歌が聞こえて、それがもしかしたらその子のかもって、」
「へぇ~、私、あってみたいかも、」
リュウグウノツカイは目を輝かせた。
深海生物同士だからだろうか、未知の存在への興味が強いらしい。
「どんな子なんだろうね〜。大きいのかな?」
「クジラ類なら、多分、大きい。」
「でもアクアリスだから人型だよね?」
「ん。」
「ふふっ、不思議〜」
リュウグウノツカイは楽しそうに笑った。
その時。
広間を泳ぐ魚たちが一斉に向きを変えた。
水槽の奥で群れがゆっくり回転する。
まるで何かに反応したように。
「......?」
オオシャコガイが水槽を見る。
すると――
「........♪」
また聞こえた。
遠くから響くような、透き通った歌声。
言葉ではない。
けれど、不思議と心へ染み込んでくるような音だった。
リュウグウノツカイも目を丸くする。
「え、今の......!」
「やっぱり聞こえた。」
オオシャコガイは静かに辺りを見回した。
だが、広間には小さなアクアリス達しかいない。
歌っているような子はいなかった。
「どこから聞こえたんだろ〜」
リュウグウノツカイが首を傾げる。
その時、水槽近くで遊んでいた小柄なアクアリス達もざわつき始めた。
「今のなに〜?」
「歌?」
「誰かいるの?」
不思議そうな声が広がる。
しかし次の瞬間には、歌声はふっと消えてしまった。
静寂。
残ったのは水の流れる音だけだった。
リュウグウノツカイは少しだけ身震いする。
「なんか、不思議な感じ〜」
「.......うん。」
オオシャコガイは静かに呟いた。
「でも、怖くはない。」
「わかる〜。なんか優しい感じした」
二人はしばらく黙って巨大水槽を見つめた。
魚たちは何事もなかったかのように泳ぎ続けている。
やがてリュウグウノツカイが小さく笑った。
「もし本当に“五二ちゃん”だったら、恥ずかしがり屋なのかもね〜」
「かも。」
「いつか会えるかな?」
「.......きっと。」
オオシャコガイはそう言って、小さく頷いた。
その視線の先。
巨大水槽のさらに奥――暗い水の向こうで、ほんの一瞬だけ、大きな影が揺れた気がした。
けれど次の瞬間には、魚の群れに紛れて見えなくなってしまう。
オオシャコガイは静かに目を細めた。
「........いる。」
「え?」
「ううん、なんでもない。」
広間には、再び穏やかな時間が流れ始めていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




