第14話 古参のクジラ
ここは、アクアリス達が暮らしているアクアリス水族館。
今日も今日とて平和です。
アクアリス水族館――レストランエリア。
まだ正式オープン前のこの場所には客の姿こそないが、白いテーブルや椅子はすでに並べられていて、ガラス窓から差し込む淡い青色の光が床をゆらゆらと照らしていた。
厨房の奥からは、設備点検をしている飼育員たちの話し声が小さく聞こえてくる。
その広いレストランの中央で、せっせとモップを動かしている二人の少女がいた。
床はすでに十分綺麗なのだが、それでも二人は真剣な表情で掃除を続けている。
そこへ、ゆっくりとした足取りで灰色の髪の少女が現れた。
シャコ貝の殻の帽子を被り、水色のマフラーを首に巻いた少女――オオシャコガイである。
オオシャコガイは静かに辺りを見回し、二人へ声をかけた。
「....ん?......深海組の二人......ねぇ、何してるの?」
突然声をかけられたダイオウグソクムシが、びくっと肩を震わせる。
「わぁ!?」
「ダイオウグソクムシ:『ウオノエ亜目 スナホリムシ科 オオグソクムシ属 ダイオウグソクムシ』等脚類としては世界最大であり体長は20〜40センチメートルで最大50センチメートル近くにもなる世界最大のダンゴムシの仲間。鎧のような外殻を持った甲殻類でクジラの死骸などを食べることから『海の掃除屋』として知られる。5年以上断食した個体などもいるらしい」
隣で雑巾を絞っていたセンジュナマコも顔を上げた。
「オオシャコガイさん?」
「センジュナマコ:『板足目 クマナマコ科 センジュナマコ属 センジュナマコ』深海数千メートルの深海に生息するクマナマコ科の生き物です。ピンク色の風船のような半透明の身体を持ち長く伸びた管足で海底を歩く姿から海の豚の愛称で親しまれる。深海の泥中に含まれる有機物を食べる。集団で同じ方向を向いて移動する」
ダイオウグソクムシは持っていたモップをぶんぶん振りながら笑った。
「掃除してたの、ピカピカにしないと気がすまないし」
床は照明を反射するほど磨き上げられている。
オオシャコガイは静かに床を見下ろした。
「たしかに、ピカピカ、」
「でしょ!!」
ダイオウグソクムシは嬉しそうに胸を張る。
センジュナマコも小さく頷いた。
「私達は掃除が好きですから。よく飼育員さんを手伝ってるんです。」
「ん、いいこと......」
オオシャコガイはほんの少しだけ微笑んだ。
その表情を見て、ダイオウグソクムシがぱっと顔を明るくする。
「ねぇねぇ!オオシャコガイさんは、建設完了して数日だった頃からいるんでしょ!すごいね〜古参だね!」
「よく知ってるね。」
「飼育員さんが言ってたの!古参は三人いるって!」
ダイオウグソクムシはモップを肩に担ぎながら言った。
センジュナマコも興味深そうに目を細める。
「ここの古参は三人いると聞きます。.....まぁ、一人だけあったことはありませんが、」
「たしか、クジラさんだよね。なんの種類だろう」
ダイオウグソクムシの言葉に、センジュナマコも頷く。
「そう聞きますね。オオシャコガイさんはなにか知らないんですか?」
オオシャコガイは少しだけ考えるように目を伏せた。
「ん、そういえば、館長が“五二ちゃん”って言ってたような」
「ごにちゃん??なにかの暗号?」
「何でしょうか、」
二人は首を傾げる。
オオシャコガイもゆっくりと首を横に振った。
「.....後ろ姿しか見えなかったから、よくわかんないかな、」
「どんな子だろう!合うのが楽しみ!」
ダイオウグソクムシは目を輝かせながらその場でくるくる回った。
センジュナマコも少しだけ口元を緩める。
「そうですね....」
その時だった。
レストラン奥の通路から、微かに歌のような音が聞こえてきた。
「........♪」
透き通った、不思議な声。
まるで遠くの海の中から響いてくるような音色だった。
三人は同時にそちらを見る。
「......?」
オオシャコガイが静かに目を細める。
だが次の瞬間には、その歌声はふっと消えてしまった。
ダイオウグソクムシが辺りをきょろきょろ見回した。
「今の、誰?」
「........聞こえましたね。」
センジュナマコも不思議そうに呟く。
しかし通路の先には誰もいない。
静かな青い光だけが揺れていた。
オオシャコガイは少しだけ考え込み、そして小さく呟いた。
「......もしかして、」
「え?」
「ううん、なんでもない。」
それだけ言うと、オオシャコガイは二人へ視線を戻した。
「ん、それじゃ、掃除頑張って」
「またね~!!元気でね〜!」
「お元気で、」
「ん、」
オオシャコガイは笑い返した。
そしてそのまま静かな足取りで通路の奥へ歩いていく。
ダイオウグソクムシはしばらくその背中を見送っていたが、やがてモップを握り直した。
「よーし!もっとピカピカにするぞ〜!!」
「張り切りすぎです。」
「えへへ〜!」
二人の楽しそうな声が、静かなレストランに響く。
その頃。
レストランから離れた、とある閉鎖区画。
まだ一般のアクアリスすらほとんど立ち入ったことのない薄暗い水路で、一つの巨大な影がゆっくりと揺れていた。
青白い月光灯が水面を照らす。
その水の中で、長い黒髪が静かに漂った。
「..............」
少女は何も喋らない。
ただ静かに、水面越しに月の光を見上げていた。
そして、小さく歌うように声を漏らす。
「........♪」
その声は誰にも届かないまま、水の中へ溶けていった。
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次回もお楽しみに




