第11話「静かな貝殻の拳」
ここは、アクアリス達が暮らしているアクアリス水族館。
今日も今日とて平和です。
――その平和を守るための場所がある。
アビス撃退用水層。
一般客の目には触れない巨大な戦闘区画。深い海水で満たされたその空間には、淡い月光灯がゆらゆらと揺れていた。
灰色の髪に、シャコ貝の殻を模した帽子。首には水色のマフラーを巻いた少女が、静かに水中を漂っている。
「.........」
少女は無言だった。
その視線の先には、どす黒い煙の塊。
「.......ァァァ!!!!!」
アビスが咆哮し、煙のような触手を何本も伸ばした。
水を裂くように触手が迫る。
だが少女は慌てない。
「.....んッ、....シェルシールドッ......」
瞬間、彼女の腕が淡く輝いた。
半透明の貝殻のような障壁が展開される。
「ァァァ!?!?」
触手がぶつかった瞬間、鈍い衝撃音が響いた。
しかし障壁はびくともしない。
少女はそのまま一歩踏み込んだ。
「ん、シェル・インパクト.........!!!」
拳が振り抜かれる。
その拳はまるで巨大な貝殻そのもののような硬度を持っていた。
「ァァァァアア!!!!」
アビスの触手と拳が激しくぶつかり合う。
水中に衝撃波が走り、周囲の水流が乱れた。
しかし少女は止まらない。
「.....ん..........ンッ!!!」
ドゴォッ!!
重い音と共に、拳が触手ごとアビスを打ち砕いた。
「ァァァアァァァァア!?!?!?!?...........ァァァ.......」
黒い煙は月光に溶けるように崩れ、やがて消滅した。
静寂が戻る。
「ん......終わった......ッ!?.....?」
少女は自分の拳を見る。
手の甲が少し赤くなっていた。
「怪我、、、擦り傷.......」
小さな呟きが水中に溶けた。
アクアリス水族館、出動用バックヤード。
戦闘区画から戻った少女は、静かな足取りで通路を歩いていた。
「......ん?飼育員さん、」
「おつかれ、、怪我、しなかった?、オオシャコガイちゃん」
掃除道具を持った飼育員が優しく声をかける。
「ん、ただの擦り傷、大丈夫、」
オオシャコガイ:「ザルガイ目 ザルガイ科 シャコガイ亜科 シャコガイ属 オオシャコガイ」二枚貝の一種、インド太平洋の熱帯海域で見られる。現生する二枚貝の中では、最大種、殻長は120cmを超え野生での平均寿命が100年を超える。体内の褐虫藻と共生していて褐虫藻の光合成で栄養を得ている。人食いとか言われているが殻を閉じるのに時間がかかる閉じても少し隙間があるため嘘である。幼生の時期は場所を探すため泳ぐが成長すると海底に定着して移動能力を失う。
「それはだめだよ。そこからバイ菌が入ったりするから、あそこで見てもらって」
飼育員は少し困ったように笑った。
「.......ん、わかった、......ありがと、」
オオシャコガイは小さく頷く。
静かな子だった。
けれど、誰よりも真面目に戦っていることを飼育員たちは知っていた。
バックヤードの通路。
オオシャコガイは歩きながら、自分の手をじっと見つめていた。
「........飼育員さん、みんないい人、私も期待に答えたい、次は怪我しないように頑張る。」
その声は小さい。
だが確かな決意が込められていた。
館内を歩くと、遠くから子供のような笑い声が聞こえる。
きっと他のアクアリス達だろう。
ミズクラゲやダイオウグソクムシたちの賑やかな声を思い出し、オオシャコガイは少しだけ表情を緩めた。
「........平和、守らないと」
ぽつりと呟く。
治療室。
「.....ふぅ~、......ファイアフライ・ヒーリング!」
ピンク髪の少女が両手を掲げる。
すると、青白い光がふわふわと舞い上がり、水槽の中を漂った。
光を浴びた魚たちは、弱っていた動きを少しずつ取り戻していく。
その時、扉が開いた。
「ホタルイカ、いる?」
「あ、オオシャコガイちゃん、いらっしゃい!」
少女はにこっと笑った。
ホタルイカ:「開眼目 ホタルイカモドキ科 ホタルイカ属 ホタルイカ」全長5〜7cmほどの小型のイカで全身に発光器官を持ち春に富山湾などに深海から海岸近くへ産卵のため集まる。青白く光る姿がホタルに似ているため名付けられた。この光は敵の目くらましや仲間とのコミュニケーションに使われると考えられている。主に日本海に分布し水深200〜600mの深海に生息する。コイカ、マツイカなどと言われたりする。
「えっと、怪我したのかな?」
「うん、擦り傷、」
オオシャコガイはそっと手を見せた。
「まぁ、大変、待っててね、.......スクイッド・ヒール!.......はい!おしまい!」
ホタルイカが手をかざすと、優しい青い光が傷口を包み込む。
じんわりと温かな光。
すると、擦り傷はみるみるうちに消えていった。
「.......ん、ありがと、」
「いえ!これが仕事ですので!!」
ホタルイカは胸を張る。
治療室には、彼女の発光能力を利用した医療機器も多く置かれていた。館内でも重要な役割を持つアクアリスの一人だ。
「ん、頑張って、」
「そちらもです」
二人は小さく笑い合った。
アクアリス水族館。
そこでは今日も、誰かが戦い、誰かが支え、誰かが癒している。
人間とアクアリス。
その絆が、この場所を少しずつ“本当の水族館”へと変えていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




