09話 「今度は……俺の秘密を打ち明けよう」
【Side:アンジュ】
目が、覚めた。
月が真ん丸に輝き、スヴュートがさわさわと揺れる庭園をぼんやりと見つめる。
「ん……」
イデーアの家ではない光景に私は首を傾げるも、すぐに此処はラティオ男爵の屋敷であることを思い出す。
「そう、でしたね……」
怒涛過ぎる今日という日を振り返る。
私は、知っていた。今日クロイア殿下が婚約破棄をなさることを。いや、正確に今日という訳ではないが……そろそろ言い渡されるであろうことは容易に予想がついた。
それでも、最後までクロイア殿下が私を選んでくださるようにと、努力を続けたのだ。
努力を続けて、努力を続けて……私は負けた、聖女・トイフェルに。
「っ……」
悔しくない訳がなかった、悲しくない訳がなかった。
でも、涙は出ない。私に泣いている時間も隙もあってはいけない。
私は、気高きアンジュ・イデーア。涙の一粒まで武器であらなくてはいけない。
「……というのに」
私はこれぐらいはいいだろう、と軽く息を吐きだす。
シェナ様は私を揺り動かす。幸せにしたい、分かりたい、そんな普通の女の子の幸せのようなことを私に押し付けてくる。
そんな存在がうっとおしくも、どこか強く拒絶できない自分が居た。
「……シェナ様はお人好し過ぎます」
格上の侯爵家の令嬢に、男爵家が成り上がれるであろう情報を軽々しく教えて、私が悪しき人間だったらどうするつもりだったのだろう。
私が、その情報を持って逃げるとか考えないのだろうか。
「いや……」
考えないのだろう。だから、お人好し。
なんというか、そういう邪推をしている時点で罪悪感をつつかれる存在というか。
大きなため息をついた。
私の人生に関わることがなかったであろう人種の存在に。
そうして、風に揺れるスヴュートを見つめていると———。
「……これは……?」
どこかで、魔力が集められている気配。それはこの家の魔石のことを知っていれば当然だと思うが……魔石と言うにはあまりにも大きすぎる魔力の気配。
「……不審ですね……」
私はその長い下ろした髪をリボンを使い、後ろで一本に束ねる。そして、闇属性の魔法で剣を作り出して構えながら、十分に警戒をして膨大な魔力の気配を辿るのだ。
気配は、穀物などを溜め込んでいる倉庫からした。
泊めてもらっている身、他家の心臓部と言ってもいい倉庫に無断で入るのは心苦しかったが……もし、ラティオ家に徒成すものであったのなら、それを放置してなにかが起こる方が後味が悪かった。
だから、私は静かに足音も立てず、スッ、と倉庫の扉の前に立つ。
そして、僅かに扉を開けると、そこには———。
「シェナ様ッ!!!!!」
私は周囲に危害を加える敵がいないことを確認しつつ、走り出した。
「シェナ様ッ、シェナ様ッ、しっかりしてくださいッ!」
そこには、心臓を曝け出したシェナ様が横たわっていた。私はヒールでその傷を塞ぐ。
「シェナ様……ッ、死んではいけませんッ……シェナ様!」
バチバチと黒い閃光が光り、私の体にダメージが蓄積される。闇属性魔法の使い手にとって、回復魔法、それは使えば自身の体を蝕んでしまう禁術。
だが、使えない訳ではない。自分が傷つくのを恐れなければ使えるのだ。
「シェナ様ッ……!」
「ごはっ……あ、アンジュ!?」
傷の塞がったシェナ様は心底驚いたように私の顔を見るのだった。
【Side:シェナ】
俺、強制起床。いや、いつもこの充電のタイミングは強制起床ではあるのだが……。
「ごはっ……あ、アンジュ!?」
俺は僅かに肺に入った血で咽ながら、目を見開く。なんで、此処にアンジュが????ホワイ?????
「シェナ様……ッ!一体、どこの賊にやられたのですか?記憶はございますか?ラティオの警備を掻い潜るなんて……」
「あー、アンジュ」
「なんでしょう」
ぶつぶつと言葉を零すアンジュに俺は申し訳なく思いながら、その言葉を零した。
「アレは俺がやったことです……」
「ええ、そうですか……では……へ?」
「心臓を曝け出して寝てたんですよね?それは俺がやったことです」
「え……ええ……?」
アンジュの顔に珍しく理解できない、という文字が描かれる。此処まで感情が筒抜けなアンジュも珍しいなあ、なんて思いながら俺はゆっくりと起き上がって言うのだ。
「どういうご趣味で……?」
「ご趣味と言いますか、必要なことと言いますか……」
困った。正直、カッコいい俺で居るのなら隠した方がいい真実だ。だが。露見してしまった以上、隠すことは信頼を築く行為を阻害してしまうだろう。つまり、まあ、言うしかなくて。
「これは……シェナ・ラティオの心臓部の秘密なんだ……だから、それを言う前に問わせてほしい」
「なんでしょう?」
アンジュが僅かに目を見張る。その独特な空気感に俺までドギマギしながら言うのだ。
「アンジュは……トイフェルを迫害したのか?」
俺のその問いにアンジュは僅かに唇を震わせた。そして、俺をまっすぐ見て言うのだ。
「家紋に誓って、やっていません」
月明かりに照らされた美しい花……それがアンジュだった。凛として、強くて、勇ましくて。
そこにいるのは、間違いなく清廉潔白な淑女、アンジュ・イデーアだった。
「よかった」
俺は暗がりなのをいいことに気を抜いて笑ってしまう。俺のそんな表情が見えているのか、見えていないのか。アンジュは眉をハの字にして言うのだ。
「何故そのようなことを聞いたのかは分かりませんが……いくらでも言います。私は、家紋に誓ってやっていません」
この世界で、家紋に誓う、とはそれなりに重い意味を伴う。つまり、これほどの淑女であるアンジュが家紋に誓うということは本人の視点では絶対的に潔白である、ということであった。
「よかったああああ……」
「な、なんですか?」
「いや、俺の予想が外れてなくてよかった、って話です。俺はきっとアンジュが無罪だと思っていましたから」
「……ですが」
アンジュはその表情を曇らせる。
「物的証拠と状況証拠は私がやった、と言っているらしいですよ」
「知ってます。と言っても概要ぐらいですが」
これは原作知識ではなく、学院でのこと。俺の所属する王立魔導学院は校舎が男女で別れているのだが……それでも揉め事は耳に入ってくる。
やれイデーア侯爵令嬢が厳しくトイフェルを叱責していただの、アンジュのつけている香水を纏った、中身が言えないようなことを書かれた手紙がトイフェルに届いただの、そういうことは望む・望まざるに問わず耳に届いた。
「でも、俺から見てアンジュがそんなことをする人間には見えないんです」
「……私を、信じている、と」
「信じています。だって、俺の未来の妻ですから。妻の言うことを疑うなんて男が廃ります」
「正気ですか?」
ジトッ、としたアンジュの視線が突き刺さる。
「……私を未来の妻だなんて」
それはどういう感情で問われているのだろうか。でも、どんな感情で問われていたとしても俺の返答は一つだった。
「ええ、だって俺は俺の手でアンジュを幸せにする、そういう私利私欲で生きてますから」
俺のその返答にアンジュは額を押さえて言うのだ。
「シェナ様の発言は……頭が痛くなりますね」
でも、その顔は不思議と穏やかな表情をしていて。俺はその顔に一瞬見惚れ———いけない、と思って口を開く。
「さて、アンジュ、君の秘密を暴いた」
そう俺はいつもの外でのカッコつけモードで言う。いや、なんかカッコつけないと気恥ずかしくて。ん?これが惚れた弱みと言うのか?
そんなことを思いながら俺は言うのだ。
「今度は……俺の秘密を打ち明けよう」




