10話 「貴方と、出会うため」
「俺には……」
アンジュがごくり、と唾をのむ音がやけに倉庫内に響いた。俺はやはり言わない方がいいのではないか、いや、と戸惑いを覚えながらもその言葉を口にした。
「魔臓魔臓が、ないんです」
「魔臓が……?」
魔臓、それは魔力を扱える人間には当たり前のようにある臓器。魔力を生成、貯蔵する臓器。
「はい。……だから、俺は魔法を使うために心臓に魔臓の代わりをさせています。大気から魔力を吸い取り、心臓に貯蔵する。そして、その魔力を使って俺は魔法を使っています」
それが、俺の秘密だった。幼いころ、魔臓がなかった俺は酷く嘆かれた。嘆かれたし、俺も嘆いた。だって、魔法を行使できなければ学院に入れないし、学院に入れなければアンジュとも知り合えない。
だから、俺は魔法を行使できる方法を一生懸命模索した。模索して、模索して———心臓に魔力を溜めておけるという事実を発見した。
そうして魔法を行使できるようになった俺を見て両親は「魔臓がないなんて誤診だったんだ!」と喜んだものだ。
だから、俺はその事実をひた隠しにした。
「だから……合点が行きました……」
「え?合点……?」
俺が目を丸くすれば、アンジュは自身が治した俺の傷に軽く触れる。
「貴方の魔法には属性がなかった。魔臓から魔力が生成される以上、絶対にその人固有の属性が乗る筈なのに。だけど、貴方の魔法には属性がなかった……それは大気が作り出した魔力を吸収、貯蔵、使用していたからなのですね」
おお、今の会話でそこまで推論を出すか。ちなみにこれは正解である。
俺の魔力が無属性なのが学院の人間がしこたま頭を悩ませていた現象なのだが……まあ、つまりはそういうことだ。
俺の体は、魔力を生成できない。
「正解です。流石はイデーア家の侯爵令嬢」
「ですが……」
「はい?」
「危険が、過ぎますッ……」
アンジュが苦しそうに表情を歪ませる。
「危険です。心臓に直接魔力を貯蔵するなんて、もし、大気の魔力が膨大過ぎて心臓が止まったら……シェナ様は死ぬのですよ?」
そして、その声は震えていた。アンジュ、彼女はどれだけ気高い侯爵令嬢と言われようとも16歳の女性———いや、少女と言っても差し支えないだろう。
順当に死は怖いし、見知った人間が死ぬことに忌避間を覚えるのだろう。
「ああ……だけど、理論は分からないけど他の臓器に魔力の貯蔵は行えなかったんです。だから、俺は魔力を心臓に貯蔵しています」
「そもそも……何故、そこまでして魔法を使おうとするのですか……?」
アンジュが訳の分からない、そんな表情を浮かべて言うのだ。
「魔法が使えない貴族だっています。魔法が使えることだけが全てではないのです。魔法が使えなくても、領地経営や社交界で頭角を現せばいい……貴方なら、その類まれなる発想力で、ラティオの家から抜けて爵位を預かることもできたでしょう……」
うーん、それは過大評価な気もするけど。
「なのに、何故、魔法に固執するのですか」
それは、俺の核心に至る質問だった。
魔法に固執していたわけではない。でも、魔法があって、学院に居なければ……俺はアンジュが傷つくあの場に居られなかった。
だから、俺は緩く笑って言うのだ。
「貴方と、出会うため」
「ふざけないでください」
うーん、マジレス。ちょっとの悲しみを覚えつつ。
「ふざけていませんよ。事実、今日という日まで俺はアンジュに出会えませんでした」
「それは……否定しませんが……」
「アンジュに出会うために、今日という日のために俺は魔法を使える人間であろうと死に物狂いで努力してきたんです。魔石とか……研究とかはそのおまけでしかない」
俺はアンジュの白い手を握る。倉庫の中にいるせいだろう、その手は冷たくなっていて。そして、僅かに傷だらけの手……そこからアンジュが禁術であろう回復魔術を俺に行使したであろうことを知る。
それが、申し訳なくて、愛しくて、俺は言葉に詰まって。
せめて、僅かでも俺の体温が彼女の手の温度を上げてくれればいい、とアンジュの片手を包み込む。
「何度でも言います……俺の全てはアンジュのために」
そう俺は静かに体勢を変える。アンジュに跪いて、見上げる。
———すべては貴方のために。
「な……」
絶句。アンジュは言葉を失っていた。
言葉を失って、彼女の戸惑う息遣いが倉庫に響いて。その息遣いすら、俺の胸をキュ、と締め付けた。
「何故……シェナ様と私にはなんの接点もないのに……会ったことも話したこともない、筈なのに……」
「社交界ではあり得ない話ではないでしょう。一度も話したこともないご令嬢に惚れる話なんて」
俺はそうはぐらかす。
いやあ、ねえ。言えねえよ。前世から推してます、なんて。
そもそも、この世界では輪廻転生の概念がない。死は終わりの眠りで、死んだら無になる。だから、死は忌避すべきもので受け入れられないものなのだ。
そんな世界で前世~とか言い出したら俺が異端審問にかけられかねないからね!
「ですが……貴方の口ぶりは……」
「ん?」
「私のことを深く知っているような……」
「それだけ貴方のことを見続けてきましたから」
俺の返答にアンジュは目を細める。そして、ゆるりと俺の掌の中から自身の手を抜いて、その手に自分の左手を重ねて言うのだ。
「こんな熱烈な方に……気づかないことがあるのですね」
「所詮俺はモブですからね」
「モブ……?」
あっ、いけね。
「その他大勢って意味です。今後流行る言葉なので、覚えておいてくださいね」
「俗な言葉な気がします」
正解。
「そう言えば……アンジュの傷治していいですか?ご令嬢の肌に傷をつけたとあっては……イデーアの家と険悪になりかねないので」
「……駄目です。シェナ様の魔力を使うということは、あの危険な行為をさせるということ……それは、許せません。それにこの程度の傷なら数日で治りますよ」
「じゃあ……」
俺はこれもちょっとズルいかな、とか思いながらアンジュをまっすぐ見て言うのだ。
「その傷が治るまで、ラティオの家に居て欲しいです」
アンジュはその唇の端をふわりと上げて言うのだ。
「では、とりあえず……傷が治るまで」
「はい。じゃあ、朝になったらイデーアの家に文を出すよう手配しておきます。なにかアンジュも文を添えますか?」
その問いにアンジュは薄く目を伏せた。そして、口の端をちょっと下げて、気まずそうに言うのだ。
「いえ、大丈夫です。私の安否などどうせもうどうでもよいことですから」
そう言ったアンジュの顔は暗い面持ちをしていた。
それは多分、あのお義父様がそういう薄情な人間であることを言外に言っていた。俺は、そんなアンジュが痛ましくて、立ち上がって言うのだ。
「此処では貴方はこの国の誰よりも大切にされます。……だから、そんな顔をしないでください」
「……はい」
俺の差し出す手を受け取り、立ち上がるアンジュ。でも、そのアンジュの表情には俺では……家族ではない者には癒せない悲しみが写されていて。
でも、その肩を抱く資格も、抱きしめる資格も今の俺にはないような気がして。
「部屋に戻りましょう」
せめて、この家の、できれば俺の存在がアンジュのその傷を癒してくれればいい、そう祈りながら俺はアンジュを部屋までエスコートするのだった。




