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11話 「特許をお取りになりましょう」

 アンジュ・イデーアという淑女は、思ったより人好きするのだということを知った。



「おはようございます」

「おはよう」


 あの怒涛の日の翌日、アンジュはあんな深夜に床に入ったのにも関わらず、眠気を一切感じさせない雰囲気で起きてきた。


「てっきり今日は起きてこないと思いました」

「そんな怠けた人間ではないです。……だけど、少し眠くはあります」


 そう眉間を寄せるアンジュに俺はくすり、と笑ってしまう。

 昨日の好感度マイナスからよくここまで話せるようになったものだ。

 すると、アンジュはテーブルの上を見て言うのだ。


「これは……」


 アンジュが手に取ったのは魔石を加工した保温プレート。


「ああ、それは保温プレートって言って、魔石を加工したものです。使用用途はティーカップを温める……と地味なものですが」

「それは便利ですね。やはり、カップが冷たくては折角の美味しい紅茶の味も半減してしまいますからね」

「あ、そっちの用途ではなく」

「というと?」

「中身の入ったティーカップの中身の温度を保ってくれるんです」


 俺がそう言えば、アンジュは衝撃を受けたように少し目を見開き、その保温プレートをひっくり返してみたり、遠ざけたり近づけたりしてから言うのだ。


「一般流通は」

「してませんね。俺の趣味の範囲のものなので」

「特許をお取りになりましょう。これは紅茶を嗜むものの革命です……!」


 お、これは。


「もしかして……紅茶、お好きですか?」


 俺はなんの気なく問いかける。

 アナセカの原作ではアンジュの好きなモノなんて一切触れられなかったから。新しい情報万歳。


「好きです。……と言っても人並みの知識しかありませんけど。紅茶を淹れている時間はすべてのことを忘れられました」


 その言葉から透けて見える違和感。侯爵令嬢が、自ら紅茶を淹れる。それって……。

 そこまで思って俺は口を閉じる。不用意な問いかけはアンジュの気分を害するだけだし、今、そのことを思い出してアンジュを悲しませたくない。


「アンジュはどんな紅茶が好きですか?ラティオの家は紅茶の付け合わせに使うハチミツが特産なので……ちょっと紅茶にも拘っているので自身ありますよ」

「まあ……そうですね。では、私の好みに沿うよりラティオ家で一番自信のある紅茶を持ってきて欲しいです」

「了解しました」


 そんなアンジュの嬉しそうな表情に俺は俺まで嬉しくなりながら、使用人の呼び鈴を鳴らす。

 そして、この家で一番自信のある紅茶を淹れて欲しいと要望を出す。多分、アレだろうな、という目星をつけつつ。



 そんな朝食を終えて。アンジュはこっちが3程度の情報を出すと残りの7はしっかり推論立ててくれるから会話が楽だった。

 朝食後はお互い自由時間として、俺は自分の今度提出する玩具の論文の作成をしていた。

 アンジュは……なにをしているだろうか、そんなことをぼんやり考えながら、脳を使ったことによる疲労を回復するために甘いものを厨房にねだりに行けば———。


「アンジュ様器用ですねえ~」

「それほどではありませんわ」


 ん?なんで厨房からアンジュの声?あ、ちなみにもう一人の声はうちの最年少メイド・アリナの声だな。


「お邪魔しまー……」

「おや、ご主人様!」

「シェナ様、どうしましたか?厨房なんかに」

「いやいや、アンジュこそなんで厨房に?」


 お互いにお互いの立場じゃ、こんなところにいないだろう、そんな視線を投げ合っていればアリナがびしっと手を挙げてぴょんぴょこ跳ねた。


「メイド長からアンジュ様のご要望は聞いてあげてくださいとのことだったのでぇー……」

「私からお願いしたんです。他の家に比べてこの家の凄いところを教えてくださいって」

「ほー……え、それで厨房?」


 え、厨房!?なんかもっとなかった!?それともそんなにうちって魅力ない家だったっけ!?そんなことを思っていると、アリナがまたぴょんぴょこ跳ねる。……ハムスターみたいだ。


「どうしてもメイドの視点でしか物が測れないので、メイド視点で凄い!と思うところをご紹介してたんです!」

「でも、実際凄いですよ。私は特にこの魔石ケトルとこの……」


 アンジュがその大きな目を輝かせて見せたのは、魔石を加工して作られたコンロ……分かりやすく言うなら魔石版IHだ。


「ああ、IH……」

「です。最初、その……」

「あ、正直に言って大丈夫です。私、それぐらいじゃ傷つきません!」

「……アリナのように幼いものが台所を扱うなんて火の管理など危ないことも多いと私は思ったのですが……」


 ああ、はい。


「まあ、そうですね。というか、IHはアリナのために作ったんですよ」

「アリナのために……?」

「はい。アリナ料理の腕は凄いんですが……やはり、アンジュの言う通り火の扱いとか心細いところがあったんで、火を使わなくて料理できる環境を、と思って」


 俺のその言葉にアンジュは口を軽く押さえる。そして、言うのだ。


「正しい場所に正しい人を、それを可能にできるのは並みの人間ではありませんわ」


 ははは、ただの転生チートです。


「それに、俺も厨房は少し立ち入るのでそれで薪とか使うの申し訳なくて」

「なるほど……あれ?」


 アンジュが首をかしげる。


「何故シェナ様は厨房に……?」


 あ、原題に帰ったな。


「ああ、俺は少し甘いものを貰いに。新規の論文を書いてて疲れてしまって」

「そんなことだろーと思いましたよ!」


 アリナのえへん、という声。そうなんです、いつものことなんです。


「そこで!」


 アリナがぺったんこつるつるすてーんな胸を張る。


「アンジュ様!アンジュ様さえよければ先ほど試しに作ったマカロンをお出ししませんか?」

「え……アレをですか?」

「え、アンジュの手料理!?」


 食べたい、推しの手料理食べれるとか今日が命日でもいいぐらい嬉しい。そんなことを思っていると、アンジュが言うのだ。


「いや……その、初心者が初めて作ったものをお出しするのは……」

「なに言ってるんですかぁ!あんなに美味しそうなのに!これを厨房だけで食べたらバチが当たっちゃいますぅ!」

「そんなに美味しそうなのか?」

「はいっ、今はガナッシュを固めるために冷蔵庫に入れているのですがぁー……」


 あ、ちなみにこちらも魔石製冷蔵庫です。こっちは改造とかはそんなにしてなくて、以前氷をツッコまれてた部分に冷風の魔法陣を引いた魔石をツッコんだだけのものです。


「アンジュ様よろしいでしょうか?」


 そんなアリナの問いかけにアンジュが困ったように眉を下げる。そんなアンジュに俺は言うのだ。


「とりあえず10万アストぐらいで大丈夫か?」

 アスト、この国パラミシアの貨幣の単位だ。大体、300アストぐらいでパンが1個買える。


「い、いいい、いらないです!あの、なにか期待をされているようですが……本当に素人が設備使って見たさで作ったモノですので……」

「でも、アンジュが作ったんだろ?俺には命に代えてもいいぐらいの価値がある」

「代えないでください」


 そんなやり取りをしていると、アリナが「あ、丁度いい感じですぅ~」と冷蔵庫の中を見ながら言う。


「ま、じゃあ、メイド長に隠れてのお茶会と洒落こみますか」


 そう、定例時間以外の食事はメイド長はあまりよく思っていないのである!俺は何度間食をして何度怒られたことか……それでも育ちざかり、お腹は空くから食べちゃうんだなあ。



 さて、そんなアリナとアンジュの微笑ましいエピソード。でも、アンジュが人好きするな、と思ったエピソードはこれだけではなくて———。


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