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12話 「俺の未来の妻をこれ以上穢させる気は毛頭ない」

「お手伝いします」


 そんなアンジュの声を何回もいろんな場所から俺は聞くことになっていた。

 俺はそんな声が聞こえる度に遠巻きにアンジュを観察していたのだが。


「この機械仕掛けに入れるだけでお洗濯が……!?」

「これは風魔法を使っているのでしょうか」

「お部屋の空気が綺麗ですッ……!」


 あ、多分これアレだ。目新しいものを使いたい症候群。そうだよなあ、パラミシアの人からするとラティオの家に置いてあるものは大分オーバーテクノロジー。相当に面白いだろう。

 そして、同時に。アンジュの……年齢相応にはしゃぐ姿(と言っても礼節はあるが)に俺の胸はじんわりと暖かくなっていた。

 ずっと張り詰めていたような緊張感のあったアンジュがあんなにはしゃいでいるのだ、嬉しくないはずがない。


(ずぅ~~~~~~~~っと見ててえなあ……)


 俺はそんな和やかな気持ちになりながら、ラティオ家の3階の私室からアンジュが裏庭で洗濯機と戯れてるのを見下ろす。

 そんなすとーきんゲフンゲフン、観察をしているとコンコンと部屋の扉がノックされた。


「はい」

「シェットでございます」

「ああ、どうぞ」


 シェット、メイド長だ。メイド長は部屋に入ってくれば、お辞儀を一回、俺にまっすぐ問いかけた。


「あのような形でよろしかったでしょうか?」


 多分、アンジュのことだろう。メイド長にはアンジュのことを気にかけてやってほしいと言っておいたしな。


「大丈夫。むしろ、自分の領分に入ってこられることが苦痛だろうに、受け入れてくれてありがとう」

「苦痛だなんて。こんなことがアンジュ様の傷を少しでもお慰めできていれば胸を撫でおろす他ありません」

「これからも変わらずお願いしたい。アンジュが目を輝かせてる姿は……可愛らしいから」


 そう俺が窓に手を伸ばせば、メイド長はくすり、と笑うのだ。


「坊ちゃまの心にもよさそうですしね」

「俺の?」


 俺がぽかん、としながら言えばメイド長は微笑ましい、そんなニュアンスの笑みを浮かべて言うのだ。


「アンジュ様を見る坊ちゃまの顔……大変、幸福な人間の顔そのものでございます」


 メイド長にそう言われれば、俺は自分の頬を触る。そして、ちょっと抓って、苦笑する。


「そんなに俺は普段辛気臭いか?」

「坊ちゃまになにか悲願があるのは分かっておりましたが……とても苦しそうでした」


 そして、そのことが辛かった。メイド長の表情が語っていた。


「その苦しみをアンジュ様が取り除いたのなら、私はアンジュ様をこの命に代えてもお守りしたいと思います」


 その言葉は俺の言葉にメイド長にどれだけ心配をかけていたのかを知る。俺はなんて返すべきか、なにが正解か、そんなことを一瞬考えて、素直な言葉を口にした。


「ありがとう。シェット」


 メイド長は俺のその言葉に深いお辞儀をするのだった。



 んで、夜。夕食のために俺とアンジュは着席していた。流石に、夕食作りを手伝いはしなかったか、なんて内心思いつつ。

 その沈黙の中、アンジュをちらり、と見れば———。


「シェナ様」


 アンジュが静かに俺を呼ぶ。そして———。


「とても、いい家ですね」


 アンジュが穏やかに笑う。


(———————。)


 俺はその表情の美しさに言葉を失った。失って、見惚れて、俺はそれを表に出さないように笑う。


「でしょう。ラティオは俺の自慢の家です。こっちの王都の屋敷にはいませんが、父も母も兄2人もきっとアンジュ様と仲良くなれると思います」

「どうか、ご家族大事になさってください」

「はい」


 そんな言葉を交わしていると夕飯が運び込まれてきて、今日はダモの……現代風に言うなら合鴨のローストがメインのようだ。それらを食べながら会話をする。


「今日はなにをなさっていたんですか?」

「今日は……シェナ様の発明品に触れていました」

「ほう……どんなものに?」


 俺が言うと、アンジュ様はちょっと思い返すように思案して言うのだ。

「えーと……センタクキ、ソウジキ、クウキ……?」

「ああ、空気清浄機ですか?」

「それです」


 その時のことを思い出しているのだろう、その語り口はとても楽しそうで。


「クウキセイジョウキにはとても感動しました。やはり、掃除の直後とは埃が多少舞っているモノ……それをあんな一瞬で消してしまうなんて」


 おほほ、アレがないとこの国での生活乗り切れねーんですわ。なんていったってこの国四季がないせいか年中分け隔てなく花粉が舞っていてくしゃみが止まらねーんですわ~~~~。ということで、俺が早急に作ったモノをこんなに喜ばれるとむず痒嬉しい。


「あとはセンタクキ。あれは革命的でした。待っているだけで洗濯ができるなんて……その間に別のことができてしまうじゃないですか。いえ、その時間を休憩に充てることも可能……そうなると使用人の方々の疲労も減らせますよね」


 ああ、うん。


「そうですね。洗濯機に関してはそれも目的の一部だったんですが……他にもっといいことがあるんですよ?」

「もっといいこと?……時間を有効に使う以外……」

「ヒントは……女性にとってみれば大事なことですかね」


 俺がそう言えば、アンジュは宙を見る。そして。


「冷たい思いをしなくていい、とかですかね?」

「惜しいです。正解は手荒れしない、です」


 俺がそう言うとアンジュが「ああ!」と声を上げる。そして、自分の手を見て言うのだ。


「確かに、冷たいお水を触った後指の関節部が割れて痛いことありますね……」


 そのまるで自分が経験したことのように語る姿に俺の胸はまた、ヒリ、と痛んだ。

 多分、此処までくれば確定だ。


「アンジュ」

「なんでしょう」


 楽しそうなアンジュを現実に引き戻すような質問を俺は今からする。でも、その質問は大事な質問だ。だから、俺は問いかける。


「アンジュは……ご令嬢としてイデーア家では扱われてないな?」


 俺の問いかけに、アンジュの動きが止まる。動きが、止まって、アンジュが、静かに食器を置いた。


「……ええ」


 その悲痛な面持ちに俺は息を呑む。そのアンジュの解答は此処では嘘をつく必要がない、と安心してくれた上での解答なのだろう。

 アンジュの目は伽藍洞のガラス玉のようだった。


「でも、イデーアの家でのみです。他人が居る時、家の外に居る時、王宮に居る時、学園に居る時はご令嬢でしたもの」


 俺は息を呑んだ。それは都合のいいときは都合よく利用して、家では———。

 そこまで思って、思い出す。お義父様がアンジュに振るおうとしていた暴力、数々の暴言。流石に、アンジュの処女を奪ったりはしていないだろうが……それでも暴力や唯一性のない性暴力は受けてきたのだろう。

 そんなアンジュに心が痛んだ。でも、アンジュは言うのだ。


「憐れまないでください。私は誇り高きアンジュ・イデーア侯爵令嬢。きっと、不幸せではなかったはずですから」


 憐れまないでください。今までの俺なら気高き淑女うぇ~いとか正直思っていたかもしれない。でも、その言葉ですら、今の俺には悲鳴にしか聞こえなかった。

 また、同時に思う。不幸せではなかったはず、その言葉に縋るようなものを感じる。不幸せだと認めてしまった瞬間、きっとアンジュは砕けてしまう。

 だから、その心を矜持を砕かせないための精一杯の見栄なのだ。

 だから、俺は。


「憐れみません。でも」

「でも?」

「俺の未来の妻をこれ以上穢させる気は毛頭ない」


 その声は腹の奥底から。自分でも、「え、俺、こんな声でたんだ」そう驚いてしまうぐらいの低い声が出た。

 分かりやすく。とても分かりやすく———俺は頭に血を登らせていた。


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