08話 「もしかして、もうゲームの物語の外、なのか」
だが、その言葉を口走ったのはミスだった。アンジュの表情が翳る。そして、俯いて言うのだ。
「無理ですよ。クロイア殿下と私のことは…・…私の努力不足なのですから」
その瞳には悲しみが深く映っていた。
これもまたきっとアンジュの矜持なのだろう。他人のせいにせず、全ての責任は自分にある。
俺から言わせれば、「そんなに思い詰めなくても」な案件なのだが。……生まれてからの十数年、そう生きてきたなら易々とその生き方を変えるのは難しいのだろう。
「……申し訳ありません。その……」
「いえ、構いません。このことにシェナ様の非はありません」
俺はそのアンジュの表情になんて返したらいいか分からなくなっていた。こういう時にカッコいい切り返しができない俺もまだまだケツが青いな、なんて感じてしまう。
そして、アンジュが顔を上げて言うのだ。
「明日、また、ラティオの最新技術をお教えいただけますか?今日は……少し疲れました」
「……はい」
俺は静かに頷いて、アンジュを部屋まで案内するのだった。
アンジュを部屋まで案内した後、俺も俺の私室まで戻る。魔石を使用した、スイッチ式の電気を点けて———。
(うわああああああああああああッ、やらかしたあああああああああああああッ)
顔面を押さえて蹲る。やらかした、やらかした、アレはない。アンジュにぶん殴られなかっただけでも俺は感謝した方がいい。
そんな思いでいっぱいになる。
「あ、ああ……ああ……」
そして、俺は這いつくばる様にベッドに近づいていく。そして、そのベッドにお姫様のように縋ってその枕を抱き寄せ、顔面を押し付け———。
「ゔわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
折角、折角、ツンツンツンツンなアンジュと普通に話せるようにまでなったのに何気を抜いてド地雷を踏んでるんじゃドアホぉぉおおおおおおおおおおおッ。
もう本当、此処まで調子よくやってきたからって調子に乗りすぎた。マジ死ねばいい、極刑に処されろ。
俺は段々悲しくなってきて、しくしくと泣きながら少し、思考する。
「……あのアンジュが聖女いじめ、するか?」
そんな疑問。俺は少し思案する。
多分、トイフェルが今走ってるのはクロイア殿下ルートだろう。となると、次はイデーア領の領民の反乱を押さえるイベントがトイフェルに降りかかる筈だ。
そして、そこまで考えて思い出す。
「あれ、こんな一方的だったか?」
アンジュの婚約破棄イベント。アレはこんなに一方的なイベントではなかったはずだ。あんなにアンジュが四面楚歌になることはなかった、少なくとも本編では。
「ファンディスク要素か……?」
ファンディスクは各攻略ルートのアフターストーリーと新規攻略対象、アンジュ・イデーアのストーリーを追加したものであったはずだから、まさかファンディスク要素であるという線は薄そうに思えた。
つまり———。
「もしかして、もうゲームの物語の外、なのか」
ゲームでは1ルートにつき1人しか攻略できなかった。だが、だが、もし、何らかの方法……例えば好感度アップアイテムなどで、いくつかのルートを掛け持ちしてそれを成立させているのなら———アンジュの味方を0にすることも可能だろう。
「うわ、あの聖女……」
可愛い顔してエゲつねえ、俺のさっきまでの涙も引っ込むぐらいのエゲつなさ。俺だったらお断りしたいぐらいの性悪。その腹黒さで国母とか無理じゃないですかね?
そんなことを思ってしまう。そして同時に。
「これはヤバいかもな……」
もし、もし、聖女・トイフェルがそんなことをなしているのならそれは、聖女・トイフェルもまたゲーム知識を持った転生者である可能性が高い。
と言うことは、その目的次第では俺に、アンジュに———この国パラミシアにどんな苦難が待っているか分かったものではない。
「って言ってもな……」
男爵家の三男坊が聖女を嗅ぎまわるは、ちょっとよろしくない。もしかしたら、いや、ないよりだが……転生者ということが割れたら俺が聖女の一派に取り込まれる可能性もある。それは避けたい。
だって、聖女の一派になるということは逆ハーレム入りだ。絶対にお断りしたい。
「うーん……」
結論、今の俺にできることはなかった。まあ、もちろん、聖女からすればアンジュを追い出したし、もう手出ししてこない可能性も十分にある。
そうなれば万々歳。俺は適度に特許で稼ぎつつ、ラティオの当主にはなれなくてもある程度の幅を持てれば万々々歳だ。そして、アンジュを幸せにできれば大往生だ。
そうして、少しの睡眠。目覚めたのは丑三つ時。
「じゃあ、行きますか」
俺はベッドから這い出る。そして、これまた魔石製懐中電灯を灯しながら廊下を歩く。俺が向かうのはラティオ家の倉庫。
多分、地脈的なモノなのだろうが……ラティオ家の此処の邸宅では一番魔力に満ち溢れていた。
ラティオ家製魔石の充電中に習うように俺もごろんと寝転がる。
そして、俺は部屋から持ってきたタオルを口に押し込み、アルコールで清めたナイフで———自身の左胸を開いた。
「ぐっ、うっ、ぐぅっ……」
もう何度もやってきたこと、開かれる魚の気持ちってこんなんか、みたいなことを考えながら、俺は心臓を露出させる。
すると、心臓の中に何かが注がれるような感覚。
(今日かなり使ったもんな……)
魔力が、充電される。今日はお義父様を追い払ったり、盗賊をこらしめたりで魔力の大盤振る舞いだった。
使ったものは充電しなくちゃいけない。
(俺も魔石と変わんねーな……)
そう、俺には魔力を生成する臓器が生まれつきなかった。




