07話 「なんて……優しい私利私欲なんでしょうね」
そうして、俺はアンジュ様に屋敷の中の案内をする。もちろん、ラティオの……と言うか俺の秘密を添えて。
「これは……なんですの……?」
現在は浴室に併設されてる脱衣場。そこでアンジュ様は俺が前世知識で引っ張ってきた魔道具を見て目をぱちくりさせている。
「髪の毛を乾かす機械です。使用人に拭かせていては時間がかかる上にそれでも僅かに湿っているでしょう?枕が濡れるのって不快じゃないですか」
「このボタンは……」
「あ、浴室の制御装置です。追い炊きができます」
「オイダキ……?」
「水を好きな時に好きな温かさに温める機能です。これのおかげでラティオの家では好きな時に湯あみができるんですよ」
「これは……この装置を押すと使用人にそれが伝わって温めてもらえる、というもので解釈はあっていますか?」
「いえ、これは魔石というモノを使っています」
「……マセキ……あ、もしかして、この間特許論文が受理された……!」
流石アンジュ。この国の最先端をちゃんと学んでいる。そう、名前は……正直いいものが思い浮かばなくて適当につけたのだが。魔石、それは俺が前世の乾電池からひらめきを得たもの。……と言うか、俺がこの世界の不自由さにぶちギレて作ったもの。
簡単に言うなら、個々人の魔力を蓄えれる石。そして、魔法陣で方向性を持たせて使う石。
……正直、これがあると魔力を持つ人間の人権が危ぶまれるとか因縁ねちねちされたけど……結局は国の繁栄のために受理された特許だ。
「あの論文の著者はラティオ家一同となってましたが……」
「ラティオの家にお金を入れるための措置です。8割は俺が発明しています」
2割は小型化とか安全面の工夫とか。そういうのは長兄がやってくれた。あの人器用なんだわ。
「なるほど、あの論文だけではどういうモノができるか不明瞭でしたが……」
「ええ、こうして目にするとその便利さが分かるでしょう?」
アンジュは髪を乾かす機械……つまりドライヤーのボタンを押してはその風を浴びてちょっと面白い顔をしている。うん、可愛い。
「なるほど……民の生活を豊かにするものなのですね……」
「はい。俺としてはせめて1日置きに湯あみをして欲しくて」
「……それは……趣味、でしょうか?」
顎に手を当てて真剣な表情で問いかけてくるアンジュに俺は苦笑する。
「いえ、趣味というよりこの国が脅かされないため、でしょうか?」
「パラミシアが脅かされないため……?」
口を押えて驚愕の色を浮かべるアンジュに俺は至って真剣に言う。
「2年ほど前、流行り病が流行ったのを覚えていますか?」
「ええ、覚えていますわ。それぞれの領地や王都までかなりの死者が出ましたもの……」
そう、あれは分かりやすく言うならコロナウイルスに近いものだった。つまり、手洗い、うがい、風呂など体を綺麗に保てば比較的どうとでもなるものだった。
が、この国にはそんな習慣はなくかなりの死者を出してしまった。
だが。
「ラティオ領は対策と実験を並行して行ったんです」
「対策と実験……?」
「その時のラティオ領のことを覚えていますか?」
「ええ。死者は少なく、罹患者も少なかった。その事からあの土地は特別な土地なのでは、と移住を希望する人民が少々いた、と」
此処で言うと、ラティオの土地は特別な土地ではないし、ラティオ領の人間が死ななかったのはラティオ領の人間がきちんと領主の出したお触れに従ったからだ。
「アレは簡単に言うと領民の衛生観念を底上げしたんです。そして、魔石の実験に付き合ってもらう代価に領民の使える大浴場を整備しました。……ラティオは魔石の実験ができて、領民は死なず、ラティオ領は綺麗に。みんな得しかしないでしょう?」
「そうですね。……なるほど、あの推論なのですがよろしいでしょうか?」
「はい」
今まで存在しなかった未知に対しても決して拒絶せず、受け入れる。その姿勢はやはり、この国を第一に考える国母そのものだった。
「つまり、極端に言えば綺麗であれば病には罹らない、そういうことでしょうか?」
「うーん、確かにそれは極端ですね。ただ、防げる病もある、が正しいですね。どうしても、防げない病はあります」
「なるほど……でも、確かに流行り病などを防げるなら湯あみを義務付けるのも大事ですね」
アンジュの興味深そうな表情を見て思う。
はたして、この少女が本当に聖女を貶めたりするのだろうか。勤勉で、未知に対しても臆せず、一番に国益を思うこの少女が。
いや、まあ、アナセカ原作では虐めていることになっていたし、俺はその上で推してるんだけどね。
でも、今は?俺と言う異分子が生まれたこの世界で———話は全て原作通りなのか?
そんな疑問を抱えながら、俺はアンジュに浴室・脱衣所の一通りを説明し終えてその場を後にする。
「シェナ様、一点よろしいでしょうか?」
「ん?なんかありましたか?」
「いえ……あの」
アンジュが少し気まずそうに視線を逸らす。な、なにか女性特有のものだろうか。も、もしかして生理来たとか!?
「魔石の特許、軍備利用を絶対に許諾しないとされていましたよね。……でも、軍事利用を許可する方がラティオの家の利益になったのでは?」
そんな真剣な質問。俺はちょっと眉を下げて言うのだ。
「……俺、俺の作り出したものが誰かを殺すのが嫌なんですよ」
「え……?」
「俺が学院で上げた論文……って読んでる訳ないか……」
「いえ、少々お待ちを」
アンジュはそう言うと、顎に手を当てて考えるように視線を伏せる。そして、数分小さく息を吸いこんで言うのだ。
「申し訳ありません。全てを網羅はしていませんが……子供を楽しませる新進気鋭の玩具の論文など出していましたよね?ですが、その……」
「はい、全て軍事利用できるのでその技術を売ってほしいと言われました。断りましたけど」
そう。俺が前世の……つまり現代の知識で作り上げたものはこの世界には早すぎるもの、オーパーツとなる。
故に、先見の明があるものはそれを使って他国に侵略しよとするし、それで人民の生活を明るくしようなんて考えは二の次だ。
「俺は俺の発明で民に明るくあってほしいんです。だから、俺の発明は決して人を殺しちゃいけない、そう思ってます」
まあ、そもそも発明っていうほど大層なものではない。ただの前世の知識の流用だから。
加えて言うなら、これも6割ぐらい建前だ。本音は俺の生活を豊かにしたい、その上で後味の悪いことにはなってほしくないというエゴだ。
「……シェナ様」
「はい」
「謝罪いたします」
「え?」
俺が驚きにアンジュを見れば、アンジュはその見事な動作で頭を下げた。
「私、貴方のことを私利私欲のために全て利用する人間だと最初は思っていました。ですが、今日の振る舞い、そして、此処までのことを見聞きして……少なくともそれは間違っていると確信しました。なので……」
深々と頭を下げるアンジュを俺は慌てて止める。
「いやいやいやいや……あってますよ。俺は、アンジュ様を幸せにしたい、その私利私欲のために動いています。だから、謝らないでください」
俺がそう止めに入れば、アンジュはちょっと不思議そうな表情をして呟いた。
「なんて……優しい私利私欲なんでしょうね」
アンジュの言葉に俺はついつい全身がむず痒くなってしまう。だから、慌てて俺は言うのだ。
「いやいや、優しかったらそもそもクロイア殿下とアンジュを取り持ったりしますから。俺は、俺の手でアンジュを幸せにしたい、そんな私利私欲に走った男ですよ」




