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05話 「なんて……魔法なの……」

【Side:アンジュ】



 馬車の中で、私は苛立っていた。もちろん、それを表に出すような無様な真似はしない。

 クロイア殿下に捨てられ、聖女にその座を奪われ、父親にも捨てられた同然で。おまけに、男爵家の三男坊に下げ渡されるなんて……不名誉もいいとこだった。


(頭が痛い……)


 しかも、その当の三男坊は私のことを幸せにするなんて宣って。幸せを壊した人間がなにを言っているのか、そんな気持ちにすらなってしまう。

 そんな中、馬車が急に止まった。

 私は驚きに軽く目を見開いて、外をちらりと見る。そこには盗賊と思われる人間が馬車を足止めしていて。

 不運な日には不運が重なる。その事実にうんざりとしながら、私は馬車から駆け下りる。

 私に不幸をもたらした人間でも、私は守らなければいけない。

 だって、それが持つ人間の責務だから。


「おいおい、ご令嬢自ら来てくださったぞ!」

「いいねえ、そういう勇ましいところご令嬢って感じだ!」

「ははははっ、恨みはねえが依頼なんでなァ!さくっと死んでくれや!金持ちどもォ!」


 そう、盗賊たちが襲い掛かってくる。


(依頼……?)


 私はその言葉に違和感を持つが、それは倒しきってから聞けばいいだろう。そんな思いで、闇属性の魔法を展開しようとした瞬間だった。


「≪防御ッ≫、8層展開ッ!」


 そんなラティオ様の声と共に私の周りに、8層の防御壁が展開されて。その防御壁は盗賊たちの剣を弾き1枚が消える。

 そして、盗賊たちの意識はラティオ様に向いた。


「まも、られた……?」


 私はその防御壁のなか目を見開く。私を、守った?私が守られた?その事実は私の心の柔らかい部分をざらりと撫でた。

 さっきのお父様のときもそうだ。傷つかない私を守る必要なんて一切ない。一切ないのに、ラティオ様は2回も私を守った。

 しかも、今度は……こんな鳥籠のような防御壁の中に私を閉じ込めて。加えて、この鳥籠は内側からの脱出は不可能なようで。


「なんて……なんて……」


 私はその感情を味わうのは2度目だった。1度目は、決定的にクロイア殿下を聖女・トイフェルに取られたとき。そして、2度目。


「見下げられたものですわッ……!」


 奥歯を痛いぐらいに噛みしめる。

 私はアンジュ・イデーア。イデーア家の侯爵令嬢で、この世に2人といない上位属性・闇魔法の使い手。

 そんな私を守るなんて、可笑しな話だ。

 お腹の奥がぐつぐつと煮えるような感情に、私はそれを吐き出してしまいたくなる。吐き出したくて、吐き出したくて、その相手……ラティオ様を見ていれば。


(剣がッ……!)


 それは必中の剣、その位置からは避けられない剣。私は咄嗟に叫ぶ。


「ラティオ様ッ!」


 何故、この時叫んでしまったのかは分からなかった。

 いや、明白だ。才能のあるモノを無才のモノが守って死のうとしている。その事実に責を感じているからだ。

 だが。


「てっ、テメェ……」

「引いた方が身のためだと思うが?≪加速≫」


 ラティオ様はその手で剣を受け止め、その剣を一瞬でボロボロにしてしまう。


「なんて……魔法なの……」


 私には理解ができなかった。

 この世界の魔法には火・水・風・土の属性が基本的に与えられる。そして、その例外として光属性と闇属性がある。だが、その2つの属性も該当者は私、アンジュ・イデーアと聖女・トイフェルしかいない。いない、のに。


「アレは……なに……?」


 その魔力には属性が乗ってなかった。強いて言うなら無属性。なんの属性でもない。

 ただ、事実としてその無属性の魔法でラティオ様は敵を蹂躙していた。どんな攻撃も彼は受け止めて、ぼろぼろにし、ラティオ様が勝利する。

 そうして、ラティオ様は敵を蹂躙しつくして、私とラティオ家の執事の元へ戻ってきた。


「ターシュ、警備隊を呼べるか?」

「連絡済みだァ。流石坊ちゃん、無才のラティオ」

「辞めろよ、無才だなんてカッコ悪いだろ?っと、≪解除≫……大丈夫ですか、アンジュ様」


 私の周りの防御壁が解除される。

 意味が、分からなかった。その魔法はなに、なんで私を守るの、なんで私なんかを守ったの。

 その怒りにも似た何か、気づいたら私の口は勝手に動いていた。


「……ラティオ様に守られるほど私は落ちぶれてなどいません」


 その声に、ラティオ様はその目を見開いた。なんか言っていた気もするが、私の口は止まらずに。


「私を守る必要など、ありませんッ。自分の身は自分で守れますッ!」


 自分でも驚くぐらいの声量の声が出た。でも、それが本心だった。

 聞きたいことは山ほどある。でも、それより、私は。

 ……同時に、頭の中の冷静な部分が問いかける。「守られてそれは失礼では?」と。でも、そんなこと知らない。だってだって。


「あー……」


 私が自分の心の声にすら苛立っている瞬間、ラティオ様が声を上げる。


「守る必要、ありますよ」


 言うに事欠いて、まだ言うか。私はそんな気持ちで声を漏らす。


「ありませんッ……」

「あります。アンジュ様、俺は貴方にこの身を捧げると言いました。アレは本心です、この体、この力は貴方のために……なにより、俺は婚約者に守られるような弱い男にはなりたくない」


 その言葉は私の矜持を汚す言葉だった。

 それでは私はなんだというのだ。ただ、守られるだけのお人形で居ろとでも言うのだろうか。

 私の中で怒りがふつふつと燃える。


「貴方はッ……私のことをなにも分かっていませんッ……」

「ええ、知っているだけです。知っているだけで分かった気になるなんて傲慢にも程があるでしょう?だから、俺はアンジュ様のことを分かっていきたい」


 その言葉に私は言い返す術を持たなかった。

 それは、そうだ。多分、これまでの会話からしてラティオ様は私のことをそこそこに……いや、そこそこ以上に知っているのだろう。

 でも、分かってはいない。だから、分かっていきたい、と。

 そう、私が声に詰まっていると、執事が声をかけてきた。


「坊ちゃん、イデーア侯爵令嬢、警備隊が来まっせ」


 さっきも思ったが、なんて主人に対して気軽な執事なのだろう。主従関係すらまともにこなせないなんて……そんなことを思いながらも、警備隊の前で醜態は晒せない。

 私は、アンジュ・イデーア。背筋を伸ばし治して、ラティオ様との言い合いをいったん打ち切るのだった。


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