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04話 「知っているだけで分かった気になるなんて傲慢にも程があるでしょう?」

「私の幸せはイデーアの家の役に立つこと。……それを潰した貴方が私を幸せにすると宣うなんて……調子のいい話ですね」


 それは大分棘を押さえられた完璧な令嬢としての返答だった。

 そして、それは一理ある。一理、ある、けど。


「貴方は骨の髄までイデーア家のモノなのですね」

「当たり前です。私はアンジュ・イデーア……例え、その名を今後はく奪されたとしてもイデーアの誇りは私の胸に刻まれております」


 俺はその言葉に何も言えなかった。

 個々人が個々人の幸せを追求することを是とする価値観は、俺がきっと転生者だから、現代の人間だったから持っているもので。

 家の幸せが自分の幸せ、というこの時代……というか世界の価値観を否定してもそれはきっとアンジュと衝突するだけだ。

 俺はアンジュを見て返すのだ。


「分かりました。とりあえず今は一旦ラティオの家へ参りましょう。あの様子では、御父上も冷静な判断はしてくれまい」


 折檻とか。アンジュ様が傷つかないのをいいことになにをしてきたのかは想像に難くなかった。だから、俺としてはイデーアの家にアンジュ様を帰したくない。

 それでもアンジュ様は即答で頷くことはしなかった。

 いい言葉で言えば気高い。悪い言葉で言えば助けを求められない。そんなアンジュ様、やっぱり推せるなあ、なんて思いながら俺は手を差し出す。


「これは俺の予想ですが……きっと帰っても締め出されるでしょう。でも、この時期に野宿なんてして、体調を崩しては社交界から逃げた、そう思われますよ。その点、ラティオの家なら暖かい部屋にふかふかのベッド、二日後にはそれ相応のドレスまでお約束しましょう」


 そんな俺の言葉に、アンジュ様はバツの悪そうに視線を逸らして、諦めたようにため息を1回。

 そして、俺の手にその白く細い指先を重ねて言うのだ。


「私の心までは貴方に明け渡しません。……ですが、この借りは絶対にお返しいたします」


 と言うことで、俺は念願のアンジュ様初エスコートという小さくて大きい願いを叶えるのだった。



 馬車の中で特段会話はない。ただ、いつもの馬車だというのにアンジュ様が居るだけで空気がいつもより綺麗な気がして。

 俺はジッと注視したい気持ちを抑え込んで、馬車の外を見る。

 その時だった。馬車がキキッ、と止まる。

 俺は馬車を操縦してくれている御者……と言うか、三男坊の俺に珍しく好意的に付き従ってくれている執事のターシュに声をかける。


「どうした?」

「……賊だねえ、お坊ちゃん」


 あ、ちなみにターシュは公衆の面前以外では俺に気軽に話す。こういうところが好きなんだよね、俺。

 で。


「賊か……人数は?」

「目視できる範囲で5人だな。イデーアの令嬢を守れるか?」


 その言葉を聞いた瞬間だった、アンジュ様が馬車から駆け出した。

 俺は咄嗟の行動にアンジュ様を追いかければ、アンジュ様は馬車の前に滑り込んだ。すると、馬車を足止めしていた男たちが笑う。


「おいおい、ご令嬢自ら来てくださったぞ!」

「いいねえ、そういう勇ましいところご令嬢って感じだ!」

「ははははっ、恨みはねえが依頼なんでなァ!さくっと死んでくれや!金持ちどもォ!」


 そう、アンジュ様に襲い掛かる賊たち。アンジュ様はピクリ、とも動かない。

 分かっている、アンジュ様に対してあんな賊ども敵ですらない。それでも、僅かに俺の胸に暗雲が立ち込める。それは———、自暴自棄になってるんじゃないか、という心配。

 故に、俺は。


「≪防御ッ≫、8層展開ッ!」


 アンジュ様を囲うように防御壁が展開される。アンジュ様が驚きに目を見開く。だが、今はアンジュ様の反応より。


「≪加速≫、≪分解付与≫、≪溶解付与≫」


 俺は自身を加速させながら、目にもとまらぬ速さで動き続ける。


「はっ、ちったあ骨のあるやつがいるようだな!」

「いいねえ、ご令嬢を殺すだけなんてシゴト飽き飽きしてたところだ」

「ま、お前もこの剣のサビにッ……」


 俺は闇夜からヌッ、と手を伸ばし5人いるうちの男の脇腹を背後から触る。

 瞬間、男の腹が分解され、内側から腐食していく。


「がああああああっ、な、なんだ、これッ……」


(いやあ、ほんと。地味な技なんだよね、これ。第一にかっこよくない。だから、こう)


「イリュージョン!これはちょっとしたマジックだ」


 口上でかっこよくするしかないんだよね。

 俺は仲間が1人不可解な倒され方をしたことに寄って、襲い掛かってい来る2人目の剣を。


「ラティオ様ッ!」


 素手で掴んだ。瞬間、剣は分解されて、内側から腐食していく。そのことに怯んだ賊の腕を掴めば、更にそこから男の手首は分解され、掌がボトリ、と落ちる。そこから男の腕は腐っていって。


「てっ、テメェ……」

「引いた方が身のためだと思うが?≪加速≫」


 俺はまた目にも止まらない速さで動き続けることに寄って、宵闇に紛れる。すると、残った男3人が言うのだ。


「お、思い出したぞッ……」

「あ、なんだよ?」

「ひゃは、声震えてんぞ?ただの貴族の坊ちゃんだぞ?」

「ラティオの家のッ……お前、三男坊だなッ……!?」


 賊のうちの1人がそう叫ぶ。俺は闇夜から声を響かせる。


「≪拡散≫……ご名答!俺がシェナ・ラティオだッ!なにか俺にご用かな?」


 俺の声がまるでスピーカーを通したかのように反響して。そして、俺の名乗りに。


「無才のラティオだっ……こんな奴が出て来るなんて聞いちゃいねえ!ズラかるぞ!」

「ま、マジかよ……」

「呆けてるな!俺達までぐちゃぐちゃにされるッ!」


 そう男たちが逃げ出そうとする。うーん、でも、こう言うのってここで逃がすと他の王都の人間に迷惑が掛かるんだよな。

 ということで。


「逃げられると思うのか!?」


 俺はスライディングの要領で賊たちの元に滑り込み、その足を分解して腐食させる。


「ぐあああああああッ」

「がああああああっ」

「化物め!!!!!!!!!!」

「聖女にでも治してもらうといいだろう。最も、悪人を治療する聖女であればな!」


 でも、あの聖女やりそーな気がするな~だって、分け隔てない純粋無垢さ……そういうのってポイント高いだろ?

 俺は賊どもの腕の先も分解して、芋虫の完成だ。


「ターシュ、警備隊を呼べるか?」

「連絡済みだァ。流石坊ちゃん、無才のラティオ」

「辞めろよ、無才だなんてカッコ悪いだろ?っと、≪解除≫……大丈夫ですか、アンジュ様」


 俺がアンジュ様の周りに張った防御壁を解除すれば、アンジュ様は静かに言う。


「……ラティオ様に守られるほど私は落ちぶれてなどいません」

「え」

「私を守る必要など、ありませんッ。自分の身は自分で守れますッ!」


 その声は僅かに震えていた。

 それは、初めて聞くアンジュ様の本心からの声。俺は軽く驚きに目を見開きながら、「あー……」と声を出して言うのだ。


「守る必要、ありますよ」

「ありませんッ……」

「あります。アンジュ様、俺は貴方にこの身を捧げると言いました。アレは本心です、この体、この力は貴方のために……なにより、俺は婚約者に守られるような弱い男にはなりたくない」


 それは矜持だ。アンジュ様に矜持があるように、俺にも矜持がある。

 俺は、アンジュ様を絶対に傷つけたくない。

 だから、俺の手で守る。アンジュ様を絶対に傷つけたくない。


「貴方はッ……私のことをなにも分かっていませんッ……」

「ええ、知っているだけです。知っているだけで分かった気になるなんて傲慢にも程があるでしょう?だから、俺はアンジュ様のことを分かっていきたい」


 俺のそんな言葉に、アンジュ様が言葉に詰まる。

 そして、そんな言い合いをしていると。


「坊ちゃん、イデーア侯爵令嬢、警備隊が来まっせ」


 そんなターシュの言葉に俺たちの言い合いはいったん打ち切られたのだった。


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