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03話 「ただ、俺は俺の手で貴方を幸せにしたい」

 俺は静かについてくるアンジュ様の先を歩きつつ、さて、なんて話しかけようかと思案する。


 殿下をディスる?いやいや、元婚約者を叩いて近づくのは品がないよなあ。俺の求めているカッコよさとは対岸にいるような手法だ。

 じゃあ、今の気分はどう?……煽ってるなあ、これは煽ってるなあ!駄目駄目、却下!

 こういう時こそ数々の乙女ゲーを渡り歩いていた十数年前の俺……と思ったところで、乙女ゲーは男を攻略するゲームだというのを思い出して内心肩を落とす。

 そんな、俺とアンジュ様を気まずい沈黙が支配する……そんな中、とりあえず、ラティオ家の馬車に乗るかどうかだけでも聞こうと声をかけようとしたとき。


「アンジュ」


 野太い、野性味のある声。その声の主は、イデーアの家の家紋のついた馬車から降りてくれば、俺のことなんて無視して、アンジュに近づいていく。


「殿下に婚約破棄をされたそうだな」

「申し訳ありません」

「まあ、そこまではいい。お前の努力が足りなかった話だ」


 一瞬、アンジュ様が眉を顰める。だけど、男はそれが見えていないのか、無視してるのか、話を続けて。


「だが……下賜された、とはどういうことだ?」

「……申し訳ありません。お父様」


 お父様ァ!?ということはお義父様ァ!?俺は内心驚きつつ、それを顔に出さないようにしながら、お義父様を見る。

 ……ちなみに、アナセカ原作ではこの夜会での婚約破棄イベントは大分序盤。そして、それ以降アンジュ様のことを描かれるときはアンジュ様のことしか描かれないので、原作知識的にはお義父様の存在は毛の先ほども知らなかった。


(それがなあ……)


 なんというか、貴族としての気品は最低限ある。最低限だ。あることにはある、が……なんだろう、臭み抜きを失敗した肉とでも言えばいいのだろうか。

 そこはかとない、野蛮な空気を感じ取ってしまう。


「公の場で、殿下がああ言った以上イデーア家の力では覆すことは不可能だ」

「……はい」

「お前のせいで、イデーアの名声は地に落ちた」


 なんかそれは飛躍しすぎじゃない?というか侯爵家の名声、成人して間もない娘の肩にかけてんの?それはちょっと当主の実力がなさすぎじゃない?

 そんなことを思いつつも、親子間の会話だしな……とちょっと口をはさむのを躊躇ってしまって。


「国母を輩出し続ける家系だからこそイデーアはイデーアたるのだ。それがッ……それがッ……」


 お義父様の腕がぷるぷると震える。腕に余程の力を入れているのだろう、二の腕がパンパンに膨れて。


(あ、これは不味いな……)


 俺はお義父様に注視する。


「あのような街どころか貧民街の小娘一人にその座を奪われるどころか、男爵家のような小麦の一粒よりも役に立たない家に下賜されるとはどういうことだァ!?」


 あ、やっぱり。瞬間、お義父様の逞しい腕が降り上げられる。そして、その腕が握りこんだ拳がアンジュ様に振り下ろされようとした、その時。


「≪加速≫」


 俺は小声で呟いた。僅かに放出される魔力、そして、俺でも反応が追いつかない速度で……俺は気づけば、お義父様とアンジュ様の間に入り、お義父様の拳を受け止めていた。


 ———パァンッ。


 空気が、揺れる。それは、お義父様の拳を受け止めた余波。野蛮で嫌ですわ、なんて思いながら俺はお義父様に余裕の笑みを見せる。……いや、全然余裕ないけどね!?加速様様なんですけどね!


「なんの真似だ」


 お義父様が拳をそのまま力づくで押し付けようとしてくるのを、加速で腕力を増強して押し返す。


「初めまして、小麦の一粒も役に立たないようなラティオ男爵家の三男坊……シェナと申します」


 そう微笑むと、お義父様は忌々しいという視線をこっちに向ける。


「……お前のせいで……いや、今は親子での会話中だ、余計な茶々は慎んでもらおう」

「いえ、流石に……婚約者に害が及ぼうとしているのです。身を張って守るのが婚約者、という者でしょう?」

「守る?こいつをぉ?」


 お義父様はわざとらしく驚く。そして、下卑た笑いを浮かべて俺の顔を覗き込むのだ。


「ほうほう……アレか、アンジュのなんたるかも知らずに魔力の高いイデーアの娘を娶って子々孫々の格を上げよう……もしくは、上の兄弟から家督を奪い取ろうって腹か?」


 卑しく、下卑た笑みでニヤニヤと俺を見てくる。まるで、同類だと言わんばかりに。


「まあ、どうせアンジュの下賜は覆せない……じゃあ、この鉄仮面の使い方を教えてやらなくてはな……アンジュ」

「はい」


 アンジュが俺の前に出るのと同時に降り注ぐお義父様の拳。


「≪防御≫」


 俺は咄嗟に言葉を吐き捨て、アンジュとお義父様の拳の間に防御壁を展開させる。

 お義父様の拳が防御壁に阻まれ、アンジュ様に届くことはなく弾かれる。その咄嗟の出来事に、アンジュ様は目を見開き、お義父様は……俺を睨んだ。


「なんの真似だ?」

「いえ、女性を虐げるのは俺の主義に反する……それだけのことです。少なくとも、闇属性の魔法で魔力の伴わない拳では傷つかないからといって、彼女を殴るのはお止めいただきたい」


 アンジュのことを知っているぞ、と言外に含ませる。

 そう、アンジュは魔力の伴わない攻撃では傷つくことはない。これは闇属性魔法のパッシブスキルだ。

 これを知る人間は多くはない。精々、家族と王家の人間ぐらいだろう。


「……どこで嗅ぎつけたか知らんが、見たことか。アンジュの能力を知っている……つまりは、その力を利用しようという人間に決まっている。よかったなあ、アンジュ……戦闘用奴隷か孕み袋か……用途が決まったら是非、教えてくれ」


 そう立ち去るお義父様を見送る。……内心、右手の中指を立てて、左手を上下逆のサムズアップにしつつ。

 そして、イデーアの家の馬車は音を立てて去っていった。アンジュ様を取り残して。うん、これはアンジュ様の意思とは関係なく、俺の家で保護しなければいけない。

 俺はその旨をアンジュ様に伝えようと、振り向く。


「……闇属性魔法は私固有のものです」


 ん?……ん?いきなりどうした。


「それがどうかしましたか?」

「闇属性魔法は、遺伝しません」

「……少々お待ちを」


 多分、これは多分アレだ。俺がアンジュ様を子供をこさえるための道具にしようとしてると解釈されてるアレだ。


(不名誉過ぎるな……)


 いや、でも、アレか。

 これは当然の反応なのかもしれない。俺視点、俺がそんな気がないことは分かっても、アンジュ様視点では俺は突然ポっと現れた謎の男Aだ。しかも、アンジュ様を欲している。


(……あれ、割と俺不審者……)


 気づいてしまった。気づいてしまった。でも、もう出会いはやり直せないし、タイミングはベストだった。なので。


「イデーア侯爵令嬢……アンジュ様、とお呼びしても?」

「……構いませんわ」

「アンジュ様、俺は下衆な思いなど貴方に抱いておりません」


 俺はアンジュ様に微笑む。……いや、うん、俺程度の顔面に微笑まれたところでアンジュ様をどうこうできるとは思っていない。

 そう、俺はただ……安心、して欲しかった。


「貴方を戦闘用奴隷にも、口に出すのもおぞましいモノにもする気はありません。ただ……」

「ただ……なんだというのです?」

「ただ、俺は俺の手で貴方を幸せにしたい」


 それは紛れもない本心。ラティオの家に生まれて十数年間、ずっと抱えてきた願い。……いや、本当に幸せにしたいのならクロイア殿下とアンジュ様がくっつくように裏で暗躍すべきだったのだろう。だから、これは俺の下心。


(———俺が、アンジュ様を幸せにしたかったのだ)


 俺の真剣な言葉にアンジュ様はそれでも顔色を変えずに、少し呆れたように言うのだ。


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