02話 「結構です」
さてさて。俺みたいなモブの話よりこの世で誰よりも美しく、気高いアンジュ様の話をしたいのは山々なんだが———それでは俺が誰かすら把握してもらえないので。
話は、前世に遡る。
「まさかアンジュ様救済ルートを公式が出してくるなんてな……」
前世の俺……名前はなんか凄くありきたりだった気がする。なんで自分の名前なのに覚えてないか?うーん、正直前世の俺の人生って凄い薄味だったんだよね。
「いや、推しが救済されるのはマジで嬉しいんだが……」
言動から分かるように、分かりやすいオタクくんだ。高校生の時のあだ名はオタクくんだったし。
そんな、オタクくん俺は……乙女ゲー「貴方に祝福を、世界に喝采を」、略してアナセカが大好きだった。男の癖に乙女ゲープレイしてるとかキモい?ほっとけ、シャラップ!
そして、今日はアナセカの10周年記念作品、アナセカアナザーというファンディスクが発売される日だった。
そのファンディスクではゲーム序盤の噛ませだった俺の推しキャラ———悪役令嬢・アンジュ・イデーアが救済されるとかなんとか!
俺はもうそれなら限定版を押さえてプレイするしかねえ!そんなルンルン気分で某アニメグッズ店からファンディスクを抱えて帰宅する途中。
最初に感じたのは、翳り、だった。翳り、そして、衝撃。痛いとか、重いとか一切感じなかった。
そうだな……これは後から俺が推察して考えた結果なんだが。
———俺はその日、工事現場の鉄骨の落下に巻き込まれ圧死したのだった。
ちょっと時間を進ませて。それは今の俺の3歳の日のこと。
「本日はラティオ家のことについて———」
ラティオ家、その言葉を家庭教師が放った瞬間だった。俺はパタン、と意識を失ったのだった。
勘のいい人なら分かるだろう。俺はその日思い出したのだ、前世で死んだこと、ファンディスクをプレイすらできなかったこと、そして、認識した。俺が今生きている世界は、アナセカの世界だということ。
しばらく(と言っても、1週間ぐらい)ファンディスクをプレイできなかった亡念に囚われたりしたが……俺は気づいた。あれ、じゃあ、俺がファンディスクを紡げば……つまり、俺の手でアンジュ様幸せにすればいいんじゃね!?
そこからの努力の話は……そのうちする機会があるだろう。いまは、カット。野郎の涙ぐましい努力パートとか需要ねーからな。カットカット。
つー訳の。今!
「では、彼女は俺がもらい受けましょう!———彼女は、クロイア殿下には勿体ない女性だ」
どんな空気だと思う?さいっこうに冷えてるよ。クロイア殿下もトイフェルも目を見開いて固まっているし、アンジュ様もその洋扇をぽとりと落とした……のを従者の方が慌てて拾っている。
だけど、俺はその冷ややかな空気を感じないフリをする。だって、此処で引き下がってはダサいだろ?
そんな誰かの呼吸さえそこそこな音で伝わる無音空間、最初に声を上げたのはクロイア殿下だった。
「はっはは……ははは、酔狂な男が現れたな……貴殿は?」
現代風に言うならドン引き。そんな中でも礼を欠かない辺り、女を見る目が腐ってても王太子なのだということを感じる。
「僭越ながら名乗らさせていただきます。俺はシェナ・ラティオ……しがない、男爵家の三男でございます」
俺は仰々しくお辞儀をする。すると、クロイア殿下は一瞬なにかを逡巡して言うのだ。
「ああ、ラティオ家の。貴殿の家の働きにはいつも感謝しているよ」
「勿体なきお言葉」
「なんだ、が……」
クロイア殿下の纏う空気が変わる。クロイア殿下は氷属性の魔法を使うのだが……そのお姿から氷天の王太子とも呼ばれている。その名に恥じない、冷たき空気だ。
「誰が、誰に、勿体ない、と?」
分かりやすく言うと、王族を侮辱したのか問われてる。だけど、此処で引っ込んだらかっこわるい。なので、俺はクロイア殿下の空気感なんて全て無視して言うのだ。
「クロイア殿下にアンジュ様は勿体ない……そう言いたいのです」
胸に手を当てて微笑む。
クロイア殿下の頬がヒク、と動いたのを見て、不敬罪に問われるかなーとか。ギリギリまだ、学院の夜会での出来事だから不敬罪入らないかなーとか、でも、アンジュ様を手に入れるなら、振られた直後、アンジュ様が見の振り方を決める前じゃないと流石に男爵家の三男坊には勝ち目がないよなーとか。
そんな諸々を考えていると、……クロイア殿下が口を押えて笑い出した。
「は、ははっ、はははっ……面白いことを言うな。そこまで言ったんだ、その先の言葉もあるだろう?」
どうやら不敬罪は免れたようだ。まあ、クロイア殿下の目にはひ弱な男爵家の三男坊がなにか面白いことを言いだした程度にしか映ってないのだろう。
「ええ」
俺は笑みを絶やさず、アンジュ様に向きなおる。……心なしか、氷天の王太子より温度感のない視線を向けられている気がするが……。
「俺の全てをイデーア侯爵令嬢にささげま」
「結構です」
かなり食い気味だった。推しからのガン否定、ちょっと心に響かない筈もなく。
「殿下に婚約を破棄されたとはいえ、手続きをしていない以上私はまだ殿下の婚約者です。……加えて言うのなら、殿下の婚約者でなくなったとしても、私は侯爵令嬢。もっと政治的に相応しい場所に嫁ぎますわ」
ドがつく正論。ド正論。それはそう。だけど、俺が口を開こうとすれば、それより先に、クロイア殿下の声が響いた。
「よかろう」
クロイア殿下は満足げな顔で言うのだ。
「アンジュ・イデーア侯爵令嬢をシェナ・ラティオ男爵に……そうだな、名目は何でもいい、下賜してやろう」
その笑みは王族が浮かべるには少し下賤が過ぎる笑みだった。
「感謝いたします、殿下」
もちろん、表面上はそんな思いを出さずに。胸に手を当てて微笑む。
「手続きは僕の方でしておこう。……あとはどうとでもするがいい」
ようは目の前から去れ、と。クロイア殿下のお言葉に甘えて、俺はアンジュ様に向きなおる。
「イデーア侯爵令嬢、行きましょう」
俺のその言葉に、アンジュ様は一回視線を伏せてから言うのだ。
「はい」
そう俺たちは夜会を後にするのだった。




