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01話 「では、彼女は俺がもらい受けましょう!」

「アンジュ・イデーア!今日を持って君との婚約を破棄させてもらう!」


 王太子・クロイア殿下がそのよく通る美声を張り上げる。その声は少し離れた俺の元にもよく届いて。

 その騒動を俺は見守る。

 そして、見守りながら思う。


(……笑ってらあ)


 うわ、そんな感情を持って。そう、笑っていた。目の前で1人の女性が裁かれているという場、クロイア殿下の死角、クロイア殿下の腕の中の少女はなんとも嬉しそうな笑みを浮かべていた。


(みんな気づかないだもんだなあ)


 そう、この場に居るほとんどのモノの視線を集めているのは、アンジュ・イデーア。今まさに、クロイア殿下に裁かれている女性だった。

 俺はイデーア侯爵令嬢のアンジュ妃殿下……元妃殿下?を熱のこもった視線で見つめる。

 妃殿下とはもう呼べない。だから、此処はあえてアンジュ様と呼ぼう。

 アンジュ様はその黒曜石のような瞳でしっかりとクロイア殿下を見つめる。そして、その背筋はドレス越しでもしっかりと分かるぐらいピン、と張っていて。体の前で重ねた手の指の先まで意識されていることが分かった。でも。


(ああ……)


 多分、これもまた気づく人が居ないだろう。アンジュ様の指先は僅かに震えていた。それはそうだ。16歳の女性が公衆の面前で婚約を破棄されたのだ。そこに感情の揺れが微塵もない訳ないだろう。でも、アンジュ様はそんな感情の揺れを押し殺して。その美しさを微塵も損なわせずにクロイア殿下を見る。

 そして、アンジュ様からなんの反応もないことにクロイア殿下は更に声を張り上げる。


「聖女・トイフェルに対する数々の陰湿な身分差別!必要以上の厳しい声かけ!しまいには暴力を振るったとの証言も出ている!そんな女性が国母に相応しい訳がないッ!……だが、僕も悪魔ではない……君が謝罪を」


 その言葉をクロイア殿下が口にしようとした瞬間だった。アンジュ様がピシャッ、とその言葉を遮るように洋扇を閉じる。そして、軽く肺に酸素を取り込むように息を吸いこみ、その美しい声で言うのだ。


「謝罪はいたしません。やってもいない罪に対して謝罪をしては———イデーア家の家紋に傷がつきます」


 その瞳からなんの感情も読み取れなかった。でも、俺は思った。


(ああ、美しい……)


 綺麗、美しい、そんな言葉をいくら並べ立てたとてその真髄を表すこともできないだろう、ただただ研ぎ澄まされた空気を纏う彼女を俺は陳腐な言葉で褒め称えるしかなかった。


「本当に、謝罪すらしないと言うのだな……!?」


 クロイア殿下が信じられないようなものを見る目でアンジュ様に問いかける。


「ええ。一言たりとも。家紋に誓って、私(わたくし)はそのようなことをやってはいませんので。それに———」

「それに?」

「私はもう婚約を破棄された身。クロイア殿下とはもうなんの関わりもない身。ですので、失礼してもよろしいでしょうか?」


 まあ、此処で引くのは正しい。俺でもそうするだろう。だって好奇の視線ほど鬱陶しいものもないし。

 だけど、クロイア殿下はワナワナと聖女・トイフェルを抱く腕を震わす。まあ、素直に謝ればなにかの恩情を用意してたんだろうなぁというのが俺の予想。それを無碍にされたのだ、それはもうプライドの高いクロイア殿下はお冠だろう。


 さて、そろそろか。


 俺はカツ、カツ、と自身の靴を鳴らしてその断罪劇の最前線に立つ。

 だが、モブの俺がどう動こうと主役2人にはなんら関係ない。

 アンジュ様はクロイア殿下を一瞥すれば、踵を返す。そして、その一歩を踏み出そうとした瞬間。

 俺は声を張り上げた。


「では、彼女は俺がもらい受けましょう!———彼女は、クロイア殿下には勿体ない女性だ」


 当然、ギョッとした周囲の人間からの視線は俺に突き刺さった。


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