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27話 「ああ……僕にアンジュは勿体ない」

 トイフェルには好奇の視線、そして、一方被疑者側———と言うか、アンジュには。


「まさか……イデーア侯爵令嬢の件も……?」

「可笑しいとは思いましたわ」

「でもこの証拠が捏造なら……」

「あの件も疑わしくなりますね……」


 貴族たちのひそひそ話。ああ、また、エルジア様の木槌が鳴り響くなあ、なんて思っていると、案の定木槌が。


「ッな訳ないでしょお!?!?!?!?」


 木槌よりでかい声が鳴り響いた。その声の主———トイフェルに全員の視線が誘導される。


「アタシが提出した証拠が間違っている訳ないでしょうっ!アタシが、聖女が提出したのよ!?」


 そう言いながらポケットから大量の宝石を取り出し踏み砕くトイフェル。


(あれ、そうか……聖女が言うなら……いや、なんて?)


 一瞬思考が誘導されかける。されかけるだけだ、論理的に矛盾していることにはすぐ気づけた。

 アンジュも額を押さえて戸惑いの表情を浮かべている。

 思考が持っていかれる。トイフェルが騒ぎ立てていることを正しいこととして認識しそうになる。

 俺はなんのマジックか見極めるためにトイフェルを凝視して。


(ッ、アレは……!)


 どこまで行っても、この「アナセカ」の世界は主人公のためのものなのだということを知る。


「エルジア様ッ!聖女トイフェルの動きを封じてくださいッ!」

「待て、思考がッ……」

「聖女トイフェルは邪法の魔道具を使っています!その証拠に俺たちは聖女トイフェルが正しいと信じかけている!」


 俺の叫び声にエルジア様はハッ、と目を見開く。そして。


「憲兵!聖女トイフェルの動きを封じよ!」


 そうして、憲兵も動き出すが憲兵の動きも鈍い。トイフェルの使っている宝石……あれは多分プレイヤーアイテムだ。そもそもゲームでは数値化された好感度を稼ぐためのアイテムだが。……現実に数値なんて存在しない。故に、洗脳アイテムと化したのだろう。名前は……「愛の宝石」だったはず。


「アタシに触らないで!!!!!!!!」


 その言葉と共に宝石を叩き割った瞬間、俺いや、この場にいる全員の意識にその言葉は割り込んで。

 一瞬一瞬、何故?を問わないと意味の分からない思考の濁流に流されそうになる。


「憲兵!捕えよ!捕えよ!」


 とりあえず、エルジア様が野生児でないおかげで憲兵の動きは鈍りはするが聖女側につく人間は居ない。


「やだっ、クロイア殿下!助けて!」

「辞めろ!トイフェルに無礼を働くな!エルジア!これは王族に対する反乱とみなすぞ!?」


 俺もアンジュも割って入れば不利になるため、どうにもできない。だが、どうにかしなきゃいけない。そのことに俺が頭を悩ませていると。


「静まりなさいッ!」


 そんな声が響いた。その声は、エルジア様より高い位置から降り注いで———俺たちの視線を釘付けにした。たった1人を除いて言葉を漏らすことはなかった。


「父上……」


 クロイア殿下とトイフェル以外は急いで膝をつく。


「なんという醜態、我が息子のこと故に……悲嘆にくれそうだ」


 そして、そんな国王様の登場に我先にと声を上げる女が1人。


「国王様!みんなが寄ってたかってアタシが嘘つきだって言うんです!」


 もちろん、宝石を砕きながら。不味い、国王様を誘導されたら俺たちに勝ち目はない。だが、もう遅い。俺はアンジュを助けることも、自分の身を守ることもできないのか……そう、悔いた瞬間だった。


「シェナ・ラティオ男爵」

「……はい!?」


 俺は唐突に国王様に呼ばれてついぞ声が裏返ってしまう。なにかな、直々に処刑を言い渡すのかな!?


「先ほど面白いことを口にしていたな」

「……どれのことでしょう?」


 これはガチの返事。本当にどれのことかな!


「聖女が邪法の魔道具を使っている、と」

「っ、はいっ!聖女トイフェルが喋るのと同時に叩き割っている宝石が、恐らく我々の思考を誘導している邪法の魔道具ですッ!」

「シェナ・ラティオぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 うぉ、お前そんな声でたん?そうツッコミたくなるぐらいの腹の底からの声に俺はびっくりしつつ。


「そんなもの使っていません!」


 そんなトイフェルの声に国王様は笑う。な、なんか国王様強くね?


「聖女トイフェル」

「はいっ!」

「貴女が誓っているのは我が家紋。指先一つ動かさずに、邪法の魔道具を使ってない、そう我が家紋に誓えるか?」

「え、あ……」


 その言葉は「指先一つでも動かしたら憲兵が襲い掛かる」という事実を暗に示していた。動かせるのは口だけ、一転して入れ替わった有利不利。

 トイフェルは目を泳がせて、その喉からかすれた音をさせて。


「おとう」

「黙れ愚息」


 クロイア殿下の助けも許されない。トイフェルはへな、へなへなへな、と崩れ落ちる。


「どうやら、糾問会の結果は決したようだな。エルジア殿、続きを任せても?」

「ああ、引き受けよう」


 そうして国王様が遥か上の玉座に戻っていく。


「証拠の捏造、及び聖女トイフェルには邪法を使用した嫌疑がかけられた。この結果に寄り———」

「お待ちください」


 え?まだ、足掻くの?そんなことをふと思ってしまう。

 声の主はクロイア殿下だった。何度目の「お待ちください」だ。

 でも、そのクロイア殿下の顔はさっきまでの絶望フェイスじゃなくて……どこか潔い雰囲気を感じさせる、簡単に言えば覚悟を決めた顔だった。


「まず、この聖なる法廷で邪法などを扱ったことを謝罪します。その上で、最後第四争点を……シェナ・ラティオ男爵に嘘だと看破して欲しいのです」


 それはまるで断頭台に自ら頭を差し出すような行為だった。

 これ以上汚名を被るということは自らの立場すら危うくする行為。でも、それをしたい理由。

 それは———。


「だそうだ。シェナ・ラティオ男爵、この話は受けずとも貴殿の無罪は決定している。その上で」

「受けて立とう」


 俺は即答した。多分、クロイア殿下は一連のトイフェルに関わることが嘘だと判断したのであろう。そして、アンジュの有用性を知った。

 その上で、問うているのだ。


(君はアンジュに相応しいのか、と?)


 もちろん、両者にそんなことを問う資格はない。どうこう決めるのはアンジュだからだ。

 でも、俺は。


(アンジュに相応しい男で居たい)


 だから、俺は即答した。

 そして、エルジア様はそんな俺を見て言うのだ。


「第四争点を開始する。提議人……聖女トイフェルは喋れそうにないな」


 聖女トイフェルは目を見開いてずっとなにかをぶつぶつと呟いている。その狂気じみた様子は近づきたくないの一言に尽くされた。


「では、クロイア殿下。問題の提起を」

「はい。……僕が握っている証拠はただ一つ、シェナ・ラティオ男爵が家ぐるみでパラミシアを転覆させようとしていた証拠だ」


 クロイア殿下の声は穏やかで。俺は「ああ、もしかしたらトイフェルさえ居なかったら、この人ともまた違った関係が気づけたかもな」と思う。


「ラティオ家の本物の帳簿を手に入れた。その帳簿には賊に流れた金などが詳細に書かれている。この帳簿のことをシェ」

「ラティオ家の帳簿を提出済みだ。どちらの金の流れが正しいかは一目瞭然だ」


 俺は勢いよく言葉でクロイア殿下を切りつけた。

 俺とクロイア殿下の間に静かな時間が流れる。後ろでどちらの帳簿の流れが正しいだの、俺の勝利に貴族たちが盛り上がってるだの色々あるけど。

 クロイア殿下が諦めたような清々しいような笑みを浮かべる。

 そして、上を向いて。……一筋の涙を垂らした。


「君の言うとおりだ」

「……一番最初に言っただろう?」

「ああ……僕にアンジュは勿体ない」


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