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26話 「では、聖女トイフェル。貴方にも分かりやすく説明しましょう」

「シェナ様」

「ん?」


 俺はアンジュに呼ばれてちらりとアンジュに視線を寄越す。


「まず、アレはトイフェル側の偽装物である」

「ああ、それは間違いない」

「では……私があの証拠を切り伏せて見せましょう」


 アンジュの口元が僅かに吊り上がる。そして、俺より一歩前に出るのだ。

 俺的にも引っかかるところは幾分かあったのだが……まあ、俺程度が気づくところをアンジュが気付いていない訳もないだろう。

 俺は後方腕組み旦那面(仮)をするのだった。


「では、エルジア様———反論を、よろしいでしょうか?」

「許す」

「は。……まず、先ほどのお話を思い出していただきたいです。シェナ・ラティオ男爵の魔力は大気のモノである、と」


 そうアンジュが区切って、ちらり、とトイフェルを見る。

 トイフェルのもの言いたげな目線、でも、発言を割り込んでこないのはアンジュの出方を見たいのだろう。


「これを前提にひとつ目……シェナ・ラティオ男爵の魔力残滓は捏造のしやすいものである。……ひいては、魔力残滓の鑑定書に大した意味がない。この魔力残滓の鑑定書の無効を進言します」

「なっ」


 トイフェルが口を開く。が、エルジア様にちらりと見られればトイフェルは一回握りこぶしを作り、片手を挙げるのだった。


「許そう、聖女トイフェル」

「魔力残滓の鑑定書を無効だなんて、そんなことできませんよねぇ!?だって、無属性の……大気の魔力を扱えるのは今のところシェナ・ラティオ男爵だけなんですから!」


 トイフェルのつるつるぺたーんが張られる。おうおう、そのロジックは俺でも突破できるぞ。

 まあ、でも、此処でアンジュを信じるのがいい夫ってもんだろう?


「では、聖女トイフェル。貴方にも分かりやすく説明しましょう。魔力残滓はその場で使われた魔力の記憶」

「そ、そんなこと知ってます!アタシだって貴族教育を受けてるんですから!」

「では、個人の属性と言う指向性の乗った魔力が大気で霧散し、魔力残滓の抽出という行為を行わないと採取できない理由は?」

「た、大気の魔力と混ざり合って薄まってしまうから……?」


 これは貴族では常識。故に、此処で嘘をついても意味がない。そして、この先アンジュが言わんとしていることがトイフェルも察せているのか、凄い顔でアンジュを睨んでる。


「ええ、では。そんな魔力残滓が肉眼で確認できるほどべったりと付着しているのは何故でしょう?まるで、毎日魔力を付着させたような……」


 そのアンジュの言葉に貴族たちがざわめく。そして、そのざわめきの中、トイフェルの品性のない声が響いた。


「そ!そんなの証拠品保管庫の魔力が付着し……!」


 そこまでトイフェルが言おうとして、クロイア殿下の顔色が抜ける。そして、アンジュは洋扇で口元を隠して淡々と言うのだ。


「……この国の司法を舐めすぎですよ。聖女トイフェル。証拠品保管庫の押収物は何千何万と保管されています。その中で魔力は混ざり合い、絶対に無属性の魔力だけがこんなに強く残ることはありません」


 トイフェルの顔はどんどん赤く、醜く。クロイア殿下の顔色は抜けていく。


「故に、この証拠品の最終魔力付着日の検査、並びに過去シェナ・ラティオ男爵の書いた論文との比較の筆跡鑑定を求めます。……聖女トイフェル、異論は?」

「なっ、あっ、く~~~~~~~」


 トイフェルがなにかを言おうとしては口を噤む。だけど、そんなトイフェルの肩に手を置いたのはクロイア殿下だった。

 クロイア殿下はその白い顔で、生気のない声で言うのだ。


「異論はないよ、イデーア侯爵令嬢」

「だそうです。エルジア様。過去にシェナ・ラティオ男爵が書いた論文に関しましては、法廷が始まる前に証拠品として提出済みかと」


 アンジュがエルジア様を見上げて一礼する。そして、エルジア様は木槌を打ち鳴らした。


「イデーア侯爵令嬢の申請を通そう。今、この場で証拠品の最終魔力付着日の検査、並びに過去シェナ・ラティオ男爵の書いた論文との比較の筆跡鑑定を行う」


 そして、その声と同時にエルジア様の部下が右往左往する。俺はアンジュの見事なまでの論破に心臓を高鳴らせながらアンジュを見れば———、アンジュもまた小さく笑ってくれて。


(ああ……これだけは、これだけは)


 これだけは俺だけが知っている宝物だ、と言えた。アンジュのまるでスヴェートの花のような小さい笑顔。

 その可憐さに俺の心臓はぎゅ、と締め付けられ此処が法廷でなかったら叫びだしていたであろうことは確実だった。

 俺は、目の前で取り調べが進むにつれて顔色が面白いぐらいにコロコロと変わるトイフェルとクロイア殿下を後目にアンジュを見て言うのだ。


「助かった」

「いえ、……あんな杜撰な手でしたらシェナ様でもひっくり返せましたよ」

「いや、それは無理だ」

「え?」


 俺は戸惑いの顔をするアンジュに情けないと自嘲気味な苦笑を浮かべて言うのだ。


「俺は心臓で魔臓の動きを補完してるだろ?だから、魔力残滓まではこの目じゃ見えないんだ」


 いや、それ専用の魔法を使えば見ることも可能なのだが。糾問会中の王宮は魔法の行使ができないため、それは不可能で。でも、なんとなく付着している魔力が多い感じがするのは俺も感じ取れた。……まあ、それもアンジュがつついてくれたからいいんだけどネ。


「では、いいプレイをした、ということで」

「さっきから言ってるだろ?アンジュナイス」


 そんな法廷とは言えない和やかな雰囲気。そして、つつがなく鑑定は終わったのかエルジア様の部下が下がっていく。

 トイフェルとクロイア殿下はと言えば———もう顔真っ青で。

 あんなに顔に出ちゃ、捏造品であるというのが丸わかりである。俺はニヤニヤと品のない笑みを浮かべそうになる口元を律する。

 そして———エルジア様の木槌が鳴り響いた。


「鑑定の結果が出た」


 正しく、この場にいる全員の視線がエルジア様に向く。被疑者も、提議人も、貴族も全員が。

 それは、この判決が大きくこの場を左右することが決しているから。

 空気感からしてそれでも提議人が勝つと思っている人間も居るようだ。無論、正しく提議人側が劣勢と感じている人間も居る。

 俺はエルジア様を見上げる。


「魔力最終付着日、聖歴764年3月」


 俺の心臓が早鐘を打つ。アンジュを信じていない訳ではない、トイフェルの反応からも勝つのは明白だ。ただ———、それでもこの瞬間だけは断頭台にかけられた気持ちだった。


「19日。つまり———昨日である」


 俺は叫びだしたくなる気持ちを押さえる。こういう場でこそ、カッコつけなきゃってもんだ。どうせ、新聞にも載るだろうしな。


「これにつき———この魔力残滓の鑑定書は無効となる。この証拠が提出された後に被疑者が魔力残滓を付着させることが不可能だからだ」


 エルジア様が言葉を区切る。そして、ぺら、と多分鑑定の結果が書かれている報告書だろうものを捲って口を開く。


「そして……筆跡鑑定の結果」


(……ん?)


 一瞬、エルジア様が辛辣な目でトイフェルを見下ろした気がした。

 だが、俺が瞬きをすればそんな気配エルジア様にはなくて。


「よく似ている……だが、似ているだけである。これは別人が書いたものである。引いては———この証拠品は捏造されたものである」


 エルジア様の淡々とした言葉。だけど、その言葉は的確に提議人を貫く。

 シィン、と場内が静まり返って。そして、広がるのは動揺だった。


「捏造……?」

「まさか聖女が?」

「そんな……」

「なにか私怨でもあったんじゃないか?」


 そんな好奇の視線が一気にトイフェルに降りかかる。そして、逆に。


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