24話 「シェナ・ラティオ男爵に魔臓はない。このことが確定した」
「それでは法廷を再開する」
エルジア様の宣言に気持ち気分が引き締まる。だけど、俺はカッコつけるためにいつも通りの面持ちを意識して。アンジュも……慣れているのか特に変化はなかった。
「まずは、シェナ・ラティオ男爵の魔臓の有無の確認を行う。これについては魔臓診断医チェスカ医師が行うこととなった」
エルジア様に呼ばれたチェスカ医師が一歩前に出る。そして、「ども~」と軽く俺とアンジュ、クロイア殿下とトイフェルに手を振るのだった。……相変わらず軽いな、あの人。
「チェスカ医師はクロイア殿下、被疑者両名とも幼いころに出会ったことがあるだろう。この国で数少ない魔臓の有無を確認することができる診断医だ」
そう、多分トイフェル以外はチェスカ医師に出会ったことがある。俺ももちろん覚えている。
この国では4歳になる年の3月ごろに魔臓の有無を確認するのが通例だからだ。そして、魔臓の有無によって将来を考える。
俺みたいな例外を除いて。
「シェナ・ラティオ男爵、チェスカ医師、前へ」
エルジア様に呼ばれれば俺は柵をヨッ、と乗り越え、エルジア様の正面に立つ。そして、同じようにチェスカ医師もエルジア様の前に立った。
「やあ、久しぶりだねえーと……」
「昔みたいにシェナくん、で大丈夫ですよ」
「……シェナくん。魔臓がなかった君が魔法を使い始めたと聞いた時は俺は内心自分の誤診を疑ったよ」
「いえ、先生の診断はあっていました」
「だったら気になるね。この後無罪を勝ち取れたら是非俺の診療院に来てもらいたいな」
「え、それ実験体になるってことじゃ……!?」
俺は内心ビビりながらそう言えば、チェスカ医師は「ふふ」と笑って、此処が法廷であるということを忘れるような笑顔で言うのだ。
「言いようによってはそうだけど……君の技術を一般化できれば、魔法が使える使えないという隔たりはなくなる。俺はそれが」
そこまでチェスカ医師が言ったところでエルジア様の木槌が鳴り響いた。
「無駄な発言は控えていただこう。場合によっては共謀罪としてチェスカ医師も罪に問うことになる」
それはまずい。魔臓診断医は少ない、故に、此処で診断を切り上げられてしまったら俺の無罪への道が遠いのいてしまう。
チェスカ医師も魔臓がないのに魔法を使える俺と言う症例を逃したくないのだろう、肩をすくめて口を閉ざした。
「では、チェスカ医師。診察を」
「御意に~。あ、エルジア様」
「なんだ」
なんか若干チェスカ医師の軽さにエルジア様がうんざりしているように見えるのは気のせいだろうか。
「診察には上半身裸になってもらう必要があるんですがー、法廷で脱がせて大丈夫です?」
そんなチェスカ医師の問いかけにエルジア様は手元の本をパラパラと捲ってから口を開く。
「問題はない。が、シェナ・ラティオ男爵が望むのなら囲い布を用意させる。いかがかな、シェナ・ラティオ男爵」
「いえ、それには及びません。俺の体に見られて困るものなどないのだから」
「……そうか。では、チェスカ医師、診察を」
「御意に~、じゃあ、シェナくん上半身脱いでもらえる?」
「はは、御意に」
そんな会話を取り交わして俺は上半身の服を脱いでいく。上着を脱ぎ、ベストを脱ぎ、シャツを———。
「ひっ……」
トイフェルが喉を引きつらせるような声を上げる。そして、貴族たちもざわめきだした。
「おい……」
「なんだあれは……」
「傷跡……?」
「ラティオ家では虐待が行われていたんじゃないか……?」
そんな声。俺が「ああ」と思って自分を見下ろした瞬間、エルジア様の木槌が鳴り響く。
「静粛に」
今は傷は争点ではないからな。それはこの後明かされることだ。
俺は上半身の布と言う布を全て取り払えばチェスカ医師の前に立つ。
そして、チェスカ医師に促され俺はその場で横になった。チェスカ医師は俺の体を軽く何か所も叩く。特に心臓の周りは何度も。
そして、数分。
「起き上がって大丈夫だよ」
そうチェスカ医師に言われて、俺はゆっくりと起き上がる。そうして、俺が立ち上がったのを確認すれば、チェスカ医師はエルジア様に向きなおった。
「シェナ・ラティオ男爵の魔臓がないことについては、俺、チェスカ・ライダンテが家紋に誓って保証しましょう」
その言葉は誤診は100%あり得ないという保証。その言葉に、エルジア様は問うように続ける。
「シェナ・ラティオ男爵に魔臓はない。このことが確定した」
俺はとりあえず息を軽く吐いた。
「では、次はシェナ・ラティオ男爵が言っていた夜半に出歩いた理由……魔力を心臓に補充するためという言ができるものなのか、チェスカ医師に問いたい」
まあ、魔臓がないことと、俺の夜半の出歩きは別問題だ。だが、俺は知っている。確信を持って言える……第二争点は俺の勝ちである、と。
「端的に言うと———」
チェスカ医師がモノクルを上げなおす。そして、言葉を選ぶように右手で口を覆い、言うのだ。
「できます」
貴族も、トイフェルも、クロイア殿下も、アンジュとエルジア様以外の全てが動揺する。俺はそのチェスカ医師の言葉に口元を釣り上げた。
「では、その原理を説明していこう。そもそも、魔臓は最近……少なくともパラミシアが建国される少し前に発見された臓器、というのは貴族の皆さんの中では常識でしょう」
そう。これは俺がこの世界で記憶を取り戻して、魔臓がないことが発覚して即刻調べた魔臓の成り立ち。魔臓は、古くの人間には存在しなかった。
「だが、古代から魔法は存在していた。そして、古代の魔法には属性と言う指向性はなかった、と文献にある」
チェスカ医師がなにかを言う度に、エルジア様の部下が慌ただしく動く。それは事実の確認と記載を同時に行っているからであろう。
「つまり、古代の人間はなんらかの臓器に大気の魔力を取り込み、魔法を使っていた———これってシェナくんの状況と似てるよね」
そして、チェスカ医師は続ける。
「そして、その臓器が心臓である裏付けですが……心臓はそもそも構造として全身に血液を送り出す動きがあるのはご存じでしょうか?」
その声に貴族たちがざわめく。ああ、それは一般の貴族は知らないだろう。少なくとも、転生してきた人間か、医療関係者でないと知らない事実だ。
そこに、エルジア様の木槌が響く。
「チェスカ医師の発言に問題はない。心臓はそのような構造をしている」
まあ、ここでエルジア様が肯定しておかないのは貴族に優しくない。
「エルジア様、発言の補助感謝~。心臓が血液を送り出す際には血管という管を通して血液を循環させる……これ、魔臓の構造と似てますね?」
まあ、と言っても感覚で魔臓を使っている貴族の皆様はピンと来てないだろう。そこに更にエルジア様が補足を入れる。
「概ね、チェスカ医師の言っていることは正しい。魔臓と心臓の役割は似ていると解釈して構わないだろう」
「よって、心臓に魔力を溜め込み全身に巡らせることで魔法を行使することは可能と思われる。……これでよろし?」
チェスカ医師がエルジア様を見る。
「チェスカ医師によって、シェナ・ラティオ男爵の発言に矛盾がないことになる。提議人側、何かこれに対して異論はあるか?」
その言葉にトイフェルがはく、はく、と口を動かす。それは、多分頭の中では色々考えているのだろうけど、決定打が出せない様子で。
俺は洋服を着ながら、アンジュの元へ帰る。
そして、俺が正面へ向き直った瞬間だった。
「では———」
「お待ちくださいッ!」
エルジア様の声に声を被せたのはクロイア殿下だった。




