19話 「絶対にシェナ様を無罪にしてみせます」
俺は俺の頭の中で考えた推論を話す。もちろん、俺が転生者とかトイフェルが転生者だとかいう情報は抜いて。
「あの暗殺者の雇い主は俺を殺したかった」
「ええ、そうですね」
「何故、殺したかったか、というところで俺たちは今悩んでる」
「そうです」
「で、暗殺者曰く、『どうせシェナ・ラティオは処刑される運命、この世界そのものであるあの人には抗えまい』……まず、一つ目の疑問、何故こいつは俺の現状を知っているんだ?」
「あ……」
そう。この手の罪状は告発側と被疑者側以外に情報は渡らない。と言うことは。
「でも……では、何故このまま行けば処刑されるシェナ様を殺そうと?そのまま座して待てばいいだけでは……?」
「そこに関して何だが、多分、俺の側にアンジュが居るからだと思う」
「私が……?」
アンジュがきょとんと、その大きな瞳を見開く。あらら、可愛いでちゅねえ。
なんて、俺はついついでろでろになりそうな顔を引き締めて言う。
「多分なんだが、アンジュからしてみれば俺が国家転覆容疑をかけられた理由、簡単にひっくりかえせるんじゃないか?」
アンジュが思案するように洋扇を開く。そして、何度か瞬きをして洋扇を閉じた。
「できますね。でも、きっとこちらに明かしてない材料がまだある筈です。なので、シェナ様の無事を100%保証することはできません」
「それが問題なんだ、と思う。アンジュが居るとアンジュの頭脳でひっくり返ってしまう可能性がある……だから、先に俺を殺そうとした」
「何故?」
アンジュの瞳が俺を見る。
「裁かれるのを恐れて自殺したことにしたかったんだ」
俺のその声にアンジュはその小さな口を開き、小さく息を吐いた。
「合点がいきました。……なるほど、そうなると絶対に覆せない罪となる。死人に口なしですね」
「ああ、そう言うことだ」
「そうなりますと……」
また、アンジュが手持無沙汰に洋扇を開いては閉じて、開いては閉じてとする。多分、考える時の癖なんだろうなあ。そして、洋扇を閉じて言うのだ。
「シェナ様を殺そうとするのはついで、と考えた方がよさげですね」
「だろうな。モブ男爵なんかどうでもいい存在だろう、トイフェルが真にどうこうしたいのは———」
「私、ですね」
アンジュは目を伏せて少し悲しげな表情を浮かべる。その顔で考えていることはなんとなく透けて。
自分のせいだ、と自分を責めているであろうことは明白だった。
それは違う、悪意を振りかざしたトイフェルのせいなのだ。アンジュは悪くない。
そんな当たり前で優しい言葉をかけようとした瞬間だった、アンジュが顔を上げる。その顔は悲壮感など微塵も感じさせない、なにかを決意した顔だった。
「絶対にシェナ様を無罪にしてみせます」
そして、アンジュは言うのだ。
「敵が分かれば対策は講じやすい———、このアンジュ・イデーア。売られた喧嘩は買って差し上げましてよ」
(ああ———)
俺は思わず言葉を失った。
これが、俺が好きになった推しで今世で惚れた女、アンジュ・イデーアである、と。いかなるときも冷静に、自責は後回しで、常に頭を動かし続ける。そして、絶対に諦めない。
俺は、そんな高潔な彼女が———。
(ん?)
そこで俺は戸惑いを覚える。推せる、好き、そんな言葉がとても薄っぺらく感じてしまった。薄っぺらくて、そんな言葉でアンジュを関するのが失礼とすら感じた。
(———とりあえず)
アンジュを冠する言葉はあとで辞書とにらめっこすることにしよう。
俺はアンジュを見て言うのだ。
「いい顔になったな、アンジュ」
「ええ、私が今度はあの女に煮え湯を飲ませる番です」
そこからはアンジュの考案、トイフェルの性格分析とそれに則ってトイフェルがどんな証拠を提出してくるかの分析が始まった。
途中から親父もターシュもシェットも交えての論戦。なんだったら俺が置いて行かれるまであった。そして、その中で思う。
(もし、これが成功したなら……アンジュの汚名も雪がれるはずだ)
国家転覆容疑をかける、というのは諸刃の剣でもある。
かけられた側が白だということを実証できれば、国を揺るがそうとしたのはかけた側だ、ということになるのだ。
そして、そんな騒動を起こした人間を王妃———国母には国は迎え入れないだろう。もしかしたら、遡ってアンジュの件にも国が調査のメスを入れるかもしれない。
(でも、そしたら……)
そしたら、嘘つきを下した立役者、そんなアンジュをクロイア殿下はきっと再度婚約者にしようとするだろう。
そして、アンジュの幸せはイデーアを盛り立てること……つまり。
(死ぬか破局かの二択かー……)
死にたくないし、破局はしたくない。でも、そんな我儘は通じない。
(今がずっと続けばいいのに)
そんな叶うことのない願いを抱えて、俺たちは対トイフェル対策会議を続けるのだった。
そして、俺たちは迎えることになる———糾問会の当日の朝。
俺は……アンジュとの別れを予感しながら、いつも通りを取り繕って朝食をとる。
「アンジュ、ありがとう」
「……どうしました、急に」
「アンジュが居なかったら、俺はきっと暗殺者に殺されているか……処刑台に送られていたと思う」
それは嘘偽りのない本心。アンジュが側に居てくれたから、アンジュがラティオの家のために奮起してくれたから、今がある。
「だから……」
「1つ、訂正を」
「え?」
アンジュはそう言うと、フォークとナイフを動かす手を止めて、誰もが見惚れてしまうだろう笑みを浮かべて言うのだ。
「きっと、シェナ様だけでもこの危機は脱せられた、私はそう思っています。私は手を貸したに過ぎません」
「買い被られたな」
「……シェナ様、ご無礼をいいですか?」
「うん?」
すると、アンジュは食器を置いて言うのだ。
「あの晩、殿下に啖呵を切った人間はどこに行ったのです?……私がついてきたのは少なくともそんな弱気な人間ではありませんよ。シェナ」
それは、初めての呼び捨てだった。ここまでずっとシェナ様と呼ばれていた。
その呼び捨ては俺の背中にアンジュが立っているように、アンジュの背中にも俺が立っている。そう思わせるものだった。
そして、俺は思い出す。こんなにうじうじとしているのは俺ではない、と。だから、精一杯此処でカッコつけないのは俺じゃないよな?
「では、今日の勝利は……アンジュ、君に捧げよう」
俺は右手を胸にアンジュをまっすぐ見る。
そう、全てが夢にまで見た生活が今日終わるかもしれない。でも、それがなんだ。惜しくないと言ったら嘘になる、だけど。
「ええ」
アンジュの前で無様を晒していい理由にはならないだろ?
そうして諸々の準備を終えた、俺とアンジュは親父やターシュ、シェット、その他使用人のみんなにホールで見送られる。
「シェナ様……大分、身軽ですが……」
「ああ、全然身軽じゃないな。≪収納≫」
俺が魔空間から今日の争論の反論材料になりそう、とかき集めた書類を出せばアンジュが苦笑しながら言うのだ。
「糾問会のある日の王宮は一切の魔法が使えません。なので……此処で手に持っていかないと不利ですよ」
「フッ……先聞いておいてよかった」
俺は平静を装って数々の資料を取り出す。そして、使用人たちがそれを慌てて運びやすいようにしてくれるのだ。
そして、出発の時間が来た。
「じゃあ、行ってくる。家紋に誓って、今日の糾問会で勝利を」
「私もイデーアの家紋に誓いましょう。シェナ様に勝利を」
そんな俺たちを見送る言葉はなかった。親父の信頼の眼差しと、使用人たちの深い礼。それだけが声なき応援だった。
俺とアンジュは王宮より派遣された馬車に乗り込む。
逃げないように、そして、万が一の奇襲などがないようにの監視だ。
さて。
(……始まる)




