18話 「あの聖女が、あの暗殺者の雇用主だから、ですよ」
【Side:トイフェル】
「あ」
パキン、そんな音を立てて前世で言うところのルビーを思わせる宝石が割れた。それは、暗殺者に与えた光属性魔法が尽きた……と言うか平たく言うと暗殺者が死んだことを表していた。
「あーらら、あの女にでも殺されちゃったかなあ……」
今回の命令はシェナ・ラティオをアタシの筋書き通り殺すこと。
シェナ・ラティオには国家転覆の容疑をかけておいた、そして、それが正しかったから裁かれる前に自害した、そういう筋書きで死んでもらうつもりだったんだけどぉ……。
「全く、アタシの言うことを聞けないなんて駄目な暗殺者。折角、私の裏パーティーに入れてあげたのに」
しかもその上、死なないように死んでも不意打ちできるように、光属性の魔法を込めた所謂、魔道具まで渡していたのにこのザマだ。
あの、発明王だか無才だかにあの暗殺者を殺すことはまず不可能だろうから、大方あの女———アンジュ・イデーアにしてやられたのだろう。
「くっふふふふっくふふふふっ」
アタシはついつい笑ってしまう。別に気が触れた訳ではない。
「ほんと~に、邪魔な女。全部全部、あいつから男も、地位も、全部奪ったんだからおとなしく死になさいよ!折角、このアタシが色々差し向けてやってるのに尽く全部返り討ちにしてくれちゃってえ……!」
傷心してるところに付け込んで引導を渡してやろうと思えば撃退され、今回の暗殺者も撃退され……あーッ、ムカつく!本当にムカつく!
折角の、アタシに向けたアタシのためのアナセカの世界だって言うのに……あんな女が居たら私が目立たなくなっちゃう。
この世界は私の意のままになくちゃいけないのに!
クロイア殿下も、ユークリア様も、カイゼ様も、エビデ様も全員攻略した!ついでにあの汚いイデーアの爺も抱き込んだ!
なのに、なのに。あの女はアタシより遥かに強く高潔に生き続けている。
それがアタシは許せなかった。
【Side:シェナ】
「暗殺者を誰が差し向けたのか分かりました」
「え……!?」
アンジュの言葉に俺は思わず目を見開いた。
まだ、ターシュの暗殺者への尋問は終わっていない。俺はその報告待ちをしていたのだ。
「その前に1つよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、なんでも。アンジュの前に嘘偽りはないよ」
俺のいつもの浮ついたカッコつけにアンジュはニコ、と微笑んだ。
「トイフェルから恨みを買った覚えは?」
………………ホワイ?トイフェル?なんでまたあの聖女?
「いや、ないと思うが……」
「廊下でぶつかった、舞踏会で足を踏んだ、彼女にいい顔をしなかった……そう言うのも含まれますが?」
「いやいやいやいや……」
え、なんで急にあの逆ハー聖女の話?しかも、俺があのクソビ……逆ハー聖女に恨まれ……?????え????いやいやいやいや。
「まず、接点がないな。それこそ廊下でぶつかったことも、……どころか声をかけたこともかけられたことも、あの聖女の取り巻きの近くを通ったことすらないな」
一応、学院の校舎は男女で分けられているが、それでも共有で使う施設はあるし、そういいう施設で会うことも不可能ではないが……俺はなんとなくアナセカのメインキャラに近づくのは避けていた。
あの、婚約破棄の夜まで徹底して名無しのモブという立場を貫いていたのだ。
「本当に、トイフェルと一切かかわった記憶がないのですね?」
「ない、な……?て、なんであの聖女の話な」
そこまで俺は言いかけて止まる。俺は手を震わせながらアンジュを見れば、その瞳は悠然と語っていた。
「あの聖女が、あの暗殺者の雇用主だから、ですよ」
「なっ……」
なんで?????なんで????俺は学院では徹底したモブだったし、学院外でも聖女に近づくような真似はしなかった。なのに、何故?
俺が口をはくはくさせてるとアンジュが続ける。
「だから、シェナ様がてっきりトイフェルの恨みを買っているのだと思ったのですが……」
「が……?」
困ったように小さなため息をその可愛い口から零すアンジュ。そんなアンジュに俺はふと問いかける。
「なんで、トイフェルが雇い主だってわかったんだ?」
それは至極当然の疑問。俺のそんな疑問にアンジュは真剣に答えてくれる。
「シェナ様が目を離した一瞬覚えてますか?」
そんなアンジュの問いかけ。
それはもう痛いほどに。だって、あそこで目を離したせいでアンジュが怪我をしたのだから。
俺は顔を少し強張らせてから……今、自分を責めてもしょうがない、と自分に言い聞かせる。
「シェナ様が目を離した一瞬、暗殺者が白い淡い光を纏ったんです」
「ほう……?」
「私は何度も授業で光属性の魔法は目にしています。嫌と言うほどに。そこで見たものと全く同じであった、そう断言できます」
俺は腕を胸の前で組む。こればかりは俺が見ていないからアンジュの言うことを信じるしかない、が。
「暗殺者は俺を狙っていた、雇い主は聖女・トイフェル……何故だ?」
「そこが分からないから困っています……」
「だーっ、ただでさえ国家転覆容疑の件でてんてこまいだって言うのに面倒要素増やしてくれやがって……!」
「てんて……?」
ああ、もう現代用語出ちゃった!でも、きょとんとするアンジュは可愛い!
「あー、でも、ちょっと待ってくれ……ターシュに魔力残滓だけ取っておくよう追加でオーダーしてくるわ……」
「そうですね。それは大事です」
そう言い、立ち上がって地下牢で尋問をしているだろうターシュの元へ行こうとすれば、俺が扉を開けるより先に書庫の扉が開いた。
「坊ちゃん、居るかい?」
「お、ターシュ。今そっちに行こうとしてたんだ。……そっちから来たってことは尋問は?」
「終わったよ。収穫はあるにはあったが……雇い主までは分からなかったな」
「そっか……。一応報告から聞いても?」
そう言うと、ターシュはアンジュにも一礼してからごほん、と咳払いをする。そして、語り始めた。
「分かったことはただ一つ、今回の暗殺未遂と国家転覆容疑が繋がってる可能性があるってことだけだ」
「「!?」」
俺は驚きにターシュを見て、アンジュは身を乗り出すように立ち上がる。
そんな俺たちにターシュは座る様に促して座ったのを確認すれば言うのだ。
「死の間際にアイツは言っていた。『どうせシェナ・ラティオは処刑される運命、この世界そのものであるあの人には抗えまい』とな」
「この世界そのもの……?」
「雑な予言だな……」
そんなことを言いながら、俺は考えようとして———1回自分の思考にストップをかける。
「いや、それだけの情報でもありがたい。ターシュ、もう一ついいか?」
「なんだ?」
「俺の部屋のベッドの上あたりに血がばらまかれているところがある筈だ。そこで、暗殺者とは違う魔力残滓の気配があったらそれも採取しておいてくれるか?」
「……それは先に言ってくれよ……メイドが掃除してないといいがッ……」
そう言いながら、「失礼します」とも言わないでターシュは急いで走り去っていく。
そうして、書庫の椅子に腰かければ、アンジュはさっきの暗殺者の遺言をぶつぶつと反芻をしている。
きっと、アンジュなりに噛み砕いているのだろう。
だが、俺にはなんとなくわかった。
(呆れるほど傲慢なやつなんだな)
確かに、アナセカのゲームはヒロインのために紡がれる。ヒロインのためのゲームであり、世界であると言っても過言ではない。
過言ではないが、それにあぐらをかいて、私が世界そのもの~はちょっとどころかかなり傲慢が過ぎた。呆れるほどに傲慢だ。
そんな奴が国母となるなんてパラミシアは終わりだ終わり。さっさと滅んでしまえそんな国。
……と、冗談は置いておいて。
自分のためにアンジュから殿下を寝取った、自分のためにアンジュを苦しめた、自分のために俺を殺そうとした。
いやまあ、俺はどうでもいいにしても。
こんな傲慢野郎をアンジュが虐めていたなんて100ないと断言できた。
さてさて。
「アンジュ」
「……なんでしょう?」
更なる難題にその白い顔を更に白くしてるアンジュに俺は言うのだ。
「アンジュの意見を聞かせてほしい」




