17話 「暗殺者を誰が差し向けたのか分かりました」
【Side:アンジュ】
私は、気を抜いていた。あんなにぐちゃぐちゃで生きているとは思えないぐらいに損壊された遺体に安堵していた。
だって、ああなってしまえばもう生きていることは不可能。だって、それは生命というより肉塊という方が正しい姿をしていたから。
だから、気を抜いていた。
その瞬間、実習で嫌と言うほど見た白い柔らかな光が視界の端でその肉塊を包み込んだ。
私が「え?」という思いで暗殺者を見た瞬間だった。
飛ぶナイフ、私は咄嗟に地面を蹴り———その肩にナイフを受けることになるのだった。
「アンジュ!!!!!!!!!!」
シェナ様の声が響く。
「問題ありませんッ!」
ナイフを受けたのは左側。利き手は動く。私は咄嗟に闇の剣を構える。
「おや、どういう絡繰りでしょう」
私がそう問いかければ、暗殺者はケヒケヒ、と下卑た笑いを浮かべながら言うのだ。
「なぁに、ちょっとした加護だ。俺は何度でも蘇る。何度でも地獄の底から這いあがってきて、お前たちを殺す」
暗殺者との2回目の戦いが始まる。そう気を引き締める。私とシェナ様なら負ける訳がない、そう確信を持てた。
「シェナ様、私が前衛を———」
「その必要はない」
そんなシェナ様の酷く怒りに満ちた声と同時に、膨大な私がシェナ様に与えた魔力の膨れ上がる気配。そして、その魔力が弾けた途端。
「≪加速≫」
……暗殺者の首が落ちた。
「え……?」
目の前には、酷く鬼気迫った顔で暗殺者の頭を持つシェナ様。そして、シェナ様はその手で触ることで暗殺者の肉体を分解し続ける。
分解して、分解して、シェナ様は「はあはあ」と息を荒くしながら、その肉片の中で息をついた。
「シェナ様……」
私の声にシェナ様は顔を上げれば、ゆらゆらと、顔面を蒼白にして私に近づいてくる。そして、その肉片に濡れた姿で……私の傷を見て、跪いた。
「俺の油断が、貴方を傷つけたッ……」
ふるふると震える肩。そして、その言葉に、左肩がずきずきと痛みだす。
「心よりの謝罪を……いや」
シェナ様が顔を上げる。その顔は今にも泣きだしそうな子供のようで。その顔は私のためにしているのだという事実に私の呼吸は僅かにズレる。
「ごめん、アンジュッ……!」
私はその感情を受け取ったことがなかった。私のために、誰かが本気で泣くという現状に脳みそが止まる。
だけど。
(ああ……)
不思議と居心地の悪さはなくて。いっぱい、シェナ様に言いたい言葉が溢れてきて。でも、とりあえず。
私はシェナ様の頬に着いたどろりと腐食した人肉を拭う。
「そんな顔をしないでください。こんなもの、回復魔法を使うほどでもありません」
「でもッ……」
「それより」
私がちらり、と暗殺者の肉塊を見ればシェナ様も立ち上がって私と同じものを見る。
「確実に殺してなかった、のか……?」
「いえ、確実に殺してました。あの状態で人間が生きていると思いますか?」
まるで朝のサンドイッチのように壁と防御壁で薄くされた姿、その姿はまさしく遺体だった。
だが———、私はズキズキと痛む左肩を庇いながら言うのだ。
「何回復活してくるかは分かりません。今のうちに完全な復活ができないように消し炭……もしくはバケツなんかに肉塊を分割すべきでは?」
「そうだな。うーん……消し炭にすると尋問ができないからな……バケツに何等分かにするか……」
そんなことを話していると、扉が叩かれる。
「坊ちゃん、ターシュだ」
そんな執事・ターシュ様の声にシェナ様が返事をする。そして、ことのあらましを話したシェナ様。命令を遂行するターシュ様。
私はとりあえず……と、与えられた部屋でメイドから治療を受けることになった。
「アンジュ様……やはり救護院のものをお呼びつけいたしましょう」
そんな、シェット様の声かけに首を振る。
「いえ、その必要はありません。……加えて言うなら、今外部の人間と接触をしてしまうのはシェナ様に不利益になります」
「では、シェナ様に回復魔法を……」
「駄目です」
シェナ様の魔力を使うということは、あの危険な行為をさせることと同義。私は鋼の意思を持って拒否をする。
そうして、私は腕にガーゼと包帯を巻かれながら考える。
一瞬見た、あの忌々しい光。あれは確実に光属性の魔法だった。
実習で何度も何度も私と対比して嫌と言うほど見た光。私の黒くて冷たい魔法と対を成す、白くて暖かい魔法。
それを私が見間違えるはずがなかった。
加えて言うなら、納得がいった。
光属性魔法は回復特化魔法。どんなに小規模な回復魔法を行使してもどんな状態からでも人間を復元できる。
多分、光魔法を込めた魔道具を持っていたのではないだろうか。死んだときに発動するように。不意打ちできるように。
誤算は。
「私がシェナ様を庇ったこと……」
その行動がシェナ様の怒りに火を点けた。そして、……言ってしまえば瞬殺だった。
そこでふと、思い至る。
(何故、シェナ様を……?)
トイフェルとシェナ様に接点があったとも、トイフェルがシェナ様に恨みを抱くとも考えにくかった。
トイフェルは私以外の人間に大分愛想がよかった。殿方には特に。
婚約者のいる殿方、いない殿方構わず愛想よく———悪く言えば浮ついていた。だから、その殿方の婚約者には嫌われていたし、女子寮では品位がないと顰蹙を買ったりもしていた。
だが、それは女子寮での話で。
頭の中がぐるぐるとする。シェナ様を狙う理由、それだけが分からなかった。
私は大きなため息を零した。肩がズキン、と痛む。
「アンジュ様、お辛いですか?」
「あ、いえ……怪我でではないのです」
「と、言いますと……?」
「分からないことがあって……少し頭を使い過ぎました」
そう苦笑すれば、シェット様は軽く目を伏せて、そして言うのだ。
「イデーア侯爵令嬢にご意見をすることをお許しいただけますか?」
「構いません」
「坊ちゃん……シェナ様と会話をなさるといいかもしれません」
「シェナ様と……?」
私が目を丸くすれば、シェット様は深く頷いた。
「アンジュ様も大分聡明でいらっしゃることは存じております。ですが、シェナ様もまた……聡明とは少し違いますが、モノの見方が特殊な方です。アンジュ様の思考の旅のお手伝いになると思いますよ」
ああ、なんといういか。それは分かるかもしれない。モノの見方が特殊と言うか、発想が突飛というか。少なくとも、私は防御壁で圧殺しようなんてことは思い浮かばなかった。
「ありがとうございます。……私がシェナ様のお部屋を訪ねても大丈夫でしょうか?」
「ええ、とても喜ばれると思いますよ」
そんな会話をしていれば、治療はつつがなく終わり。部屋を後にするシェット様に続いて、私は自分に与えられた部屋を後にする。
目指すは……。と思って我に返る。
「あの部屋に……?」
あの血と人肉に塗れた部屋に居るだろうか。というか、あの部屋に居て心が休まるのだろうか。
私はそんな疑問をついつい抱いてしまう。
うーんうーん、と悩んだ私は諦めて仕事に従事してくれているメイドを捕まえてシェナ様の居所を聞くのだった。
「見つけました!」
シェナ様はちょっと前まで私が調べ物と作業をしていた、書庫に居た。
そんなシェナ様は私の声に顔を上げて、柔和に微笑むのだった。
「アンジュ、怪我は?」
「問題ありません。あの程度、なんてことないです……あの、シェナ様!」
それより、それより、だ。
「な、なんだ?とりあえず腰かけてくれ……」
シェナ様に促されれば私はシェナ様の対面に腰かける。そして、シェナ様も腰かければ私を見て言うのだ。
「なにかあったか?」
シェナ様の問いかけに、私はこくりと頷く。
「暗殺者を誰が差し向けたのか分かりました」




