16話 「いや、この盾は……お前を殺すぞ?」
空気が揺らいだ。
「≪防御ッ≫」
俺がそう叫んだ瞬間だった。瞬間、俺の右隣には透明の壁が展開されて、ガキンッ、と何かを弾いた。
俺は論文の原本を抱えながら、もう一度唱える。
「≪看破ッ≫」
そう叫んだ瞬間だった、何者かが俺の防御壁を蹴り、俺から距離を取る。そして、ゆらゆらとボロいローブを纏った男が姿を現す。
「ケヒッ、気づかなかければ楽に死ねたものを……」
「おいおい……」
国家転覆罪疑惑に暗殺者襲来はちょっとイベントが多すぎやしませんかね。そんなことを思いながら、俺は小声で「≪収納≫」と呟き、論文の原本を魔力でできた空間に送る。
「テンプレートだけど……お前、何者だ?」
「べらべらと語る暗殺者は三流ッ!貴様に送るのは死のみだ!」
瞬間、ナイフが宙を舞う。
「≪防御ッ≫周囲展開!」
瞬間、俺の周りを覆うハニカム構造の防御壁。その壁に突き刺さり、落ちていくナイフ。
さてさて。
俺は冷静に周囲の状況を分析する。場所は俺の部屋、ベッドがあって机があって大窓があって。
机の前に立つ俺、扉の近くには暗殺者。窓から逃げる手もあるが……逃げたところでどうなる?暗殺者がたとえ任務を失敗しても逃げやすく……仕切り直しやすくなるだけだ。つまり———。
「この部屋の中で蹴りをつけるのが最善という訳か」
「なにをぼそぼそと……」
ちなみにこれを考えている間にもナイフは飛んできてて、ナイフを弾く度にパリン、パリン、と防御壁の残りHPが削れて行く。
いやあ、この防御壁。威力ではなく、回数で限界が来ちゃうタイプなんだよね。その代わり、どんな威力でも規定回数内なら弾くんだけど。
つまり———あんまり悠長にもしてられない。うーん。
「≪分解付与≫、≪溶解付与≫」
加速……はいるかなあ、狭い部屋の中だからどうしても速さがメリットにはならない気がして。そこで、俺は「あ」と思いつく。
「≪音響爆弾≫」
俺がそう呟いた瞬間。
———キィィィイイイイイインッ。
金属音が鳴り響いた。その金属音は物理的な質量を共なって、内側から防御壁を割る。
そして、防御壁が割れた瞬間俺はフライパンの上を弾けるポップコーンのように弾けるように走り出した。
だが、所詮は音。すぐに体勢を立て直した暗殺者は俺に向かってナイフを投げてくる。
それを俺が素手で掴めば、そのナイフは刃先が分解、柄は溶解していって、地に落ちる。
「まあ、とりあえず……芋虫の刑で」
俺は口元を釣り上げて、暗殺者に触れようとする。だが。
「≪業火ッ≫」
瞬間、暗殺者の手から炎の弾が放たれる。俺は咄嗟に右手を盾にして、その炎の弾を分解はするが———。
(あっつ……)
俺の今付与している魔法は触ったものを分解、溶解する力。だが、その余波はどうしても消せない———つまり、熱いものは熱い。
「……一介の暗殺者が魔法を使うか……」
「ケヒ、魔法が貴族だけの特権だと思っているのは貴様たちだけだッ!≪業火≫≪業火≫≪業火≫≪業火≫≪業火≫≪業火ァ!≫」
しかも、魔力量が多い。業火は火の魔法の中でも、火力が高く、その分魔力消費量が多い。それを、あんなに何度も。
さてさて。どうしたものか。防御壁で俺自身を守ることはできる。できる、が。部屋が燃えれば俺の動きが悪くなる。俺は考える、考えて、考えて———。
その、瞬間だった。火の弾が俺をめがけて飛ぶ。だが、同時に。
「シェナ様ッ、呼吸を止めて!≪虚空ッ≫」
最近聞き馴染んだその声に俺が一瞬呼吸を止めれば、明滅する視界。そして、火の弾が消える。そして、アンジュが跳躍して俺と暗殺者の間に立つ。その手に、闇色の剣を持って。
「不届きもの……のようですね」
アンジュが剣を暗殺者に向ける。暗殺者はアンジュの乱入に舌打ちをして言うのだ。
「これは……死体が増えそうだ」
そう言うと、暗殺者はナイフを展開する。それも数本、数十本という桁ではない。数百本のナイフ。
なるほど、アレを躱しきるのは確かに俺やアンジュでも至難の技だろう。それをアンジュも感じ取ったのだろう、奥歯を噛んでいる。
「シェナ様、この屋敷を半壊させる許可を頂けますか?」
そんな苦渋に塗れた決断。だが。
「いや、その必要はない」
「え?」
「アンジュ、俺に闇属性の魔力を分けて欲しい」
「闇属性の魔力をッ……!?」
「詳しいことを説明する時間はないが……俺なら多分、闇属性の魔力に耐えられる」
ナイフが、迫る。アンジュは一瞬にも満たない時間躊躇うが、すぐに俺の心臓の前に手を翳した。瞬間、冷たい魔力が俺の心臓に満ちる。
ありがとうとか、助かったとか、まあ、そんな言葉より先に現状の対処だろ?
「≪防御壁ッ≫千層展開ッ!」
俺とアンジュの周りに分厚い壁が展開される。それは次々に飛んでくるナイフをはじき落とす。
「ケヒッ、馬鹿の一つ覚えだな!お前のそれは割れるものだ!そして、手数では俺の方が勝っている!」
ナイフがいくつあるか知らないけど。
「シェナ様……」
不安そうに俺を見るアンジュの顔に俺は口元を釣り上げて言うのだ。
「いや、この盾は……お前を殺すぞ?」
俺のその声に「え?」とアンジュが俺を見る。
「≪拡張≫」
俺がそう呟いた瞬間、防御壁が段々と膨張していく。
今、暗殺者は俺のベッドの上に立っていて扉も窓も遠い。なら、殺せる。
だけど、その事に気づいていない暗殺者はその下卑た笑みを浮かべながら次に次にナイフを投げつけてくる。
当然、防御壁は割れている。割れているからこそ、その危機に気づけないのだろう。
「なっ、な……」
膨張した防御壁が暗殺者に迫る。
「シェナ様……」
「アンジュ、君のおかげだ」
そう俺は笑う。そう、それは闇の魔力をこうして流し込んでくれているアンジュのおかげ。
「ぐっ、ぐぉぉぉおおおっ、こっ、こんな、こんあああああああああああッ」
そして、視界の端で……プチッ、と暗殺者が壁と防御壁の狭間で圧死したのだった。
俺は、暗殺者の血と臓物で汚れた壁を見てうぇーなんて思いながら防御壁を解除する。
アンジュの冷たい手がするり、と降りれば魔力の供給も止まって。静まり返った部屋の中で、俺は息を吐きだした。
「生け捕りできたらよかったんだけど……」
「いえ、命の危機に瀕しているのですから、生け捕りは二の次でしょう」
「まあ、そうだよな」
「しかし……」
アンジュが闇の剣を構えたまま、ゆっくりと暗殺者を見る。
「……こうなってしまっては身元もなにもありませんね……」
「圧死でぐちゃぐちゃだからな。あ、でも、魔力残滓で個人の特定とか……」
「魔力が登録してあるのは学院に通ったことがある人間だけ……そして、少なくともそのような身分がある人間には見えません」
うーん。
「ですが」
「ん?」
「扱っていた魔法は炎、炎の魔力をもつ家に類似の魔力を持った人間が居ないか探すのは正しいと思います。それによってどこの人間がシェナ様を殺そうとしたのかは分かると思いますから」
そうなると……。
「魔力残滓を収集して、遺体は処分、が丸いか?」
「ええ。誰か使用人で魔力残滓を収集できる人間は?居なかったら私がやりますが」
「いや、ターシュが行える。だから、此処は使用人に任せよう」
「では、その通りに」
アンジュとこの先の方向性を決めて、俺は使用人を呼ぶためのベルを鳴らしに行く。
———ジリリリリリリ。
これで、まあ、多分ターシュなりメイドの誰かなりが来てくれるだろう。
「アン」
ジュ、その音は音にならなかった。
「シェナ様ッ!」
目の前には、暗殺者の遺体と俺の導線の間に飛び入って、その肩にナイフを受けるアンジュ。
そして———、綺麗に修復された暗殺者がピンピンとして立っていた。




