ヘルシング財団ラボにて
工藤の運転する自動車で向かったヘルシング日本伝染病研究所は、首都圏の近郊都市にあった。
藤太はなんとかく古めかしい病院のようなものを想像していたが、普通の一般企業のような近代的ビルディングである。
自動扉の玄関を入ると広くて明るい大理石の床の綺麗なロビーがある。
片桐はそこの受付に軽く挨拶すると、そのままエレベーターホールに向かった。
藤太と工藤、そしてレイナの3人があとにつづく。
「田原君は初めてだから教えておこう。このエレベーターで存在しない階に行くんだ。階数ボタンを10、5、9、2、5、9の順に押し、最後にRボタンを押す。『天国地獄はある』と覚えてくれ」
そう言いながら片桐は階数ボタンを押した。
エレベーターはしずかに動き出す。どうやら地下のかなり深い階に向かっているらしい。
エレベーターの扉が開くとそこは広いスペースに多くの機器が設置され、白衣を着た研究所員たち数名が働いていた。
「片桐さん、5課のみなさん。ようこそ、どうぞこちらへ」
ラボの中でただ一人、上等そうなスーツを着込んだ神谷礼二が声を掛けてきた。
「なるほど『メアリー・シェリーの悪夢』ですか。早川君のいうとおりかもしれませんね。ウチの科学者たちは、あなたがたが捕えてきたMを調べて困惑していますよ。こちらに来てください」
別室に通じるらしい厳重な扉の横にあるパネルに神谷は掌を当てると、音もなく扉が開いた。
5課のメンバーは神谷に案内されその室内に入る。
そこには透明の樹脂か強化ガラスで仕切られているらしい広い個室がある。
室内には神経質そうな痩せた若い男が床に座っていた。
イージーパンツのようなものを履いているが上半身は裸である。
「これはコウモリ男だな?」
藤太が尋ねると神谷は頷いた。
「ここへ来て以来、まったく喋りません。ちょっと見ててください。この部屋の床に電流を流します」
神谷が近くにある機器のパネルをなにか操作すると、男はピクンと跳ね起きるように立ち上がった。
・・・ぐぐぐぐぐ!!!
と声ともいえない音声を発しながら、変身をはじめる。
背中からコウモリの羽が生え、大きく広がった。
その羽をバサバサと羽ばたかせると、室内を飛び回る。
「あれ?俺がもぎとった羽が再生したんだな」
藤太があきれたように言った。
「再生能力も驚かされますがね、そんなことより彼はどうして飛べるんでしょう?」
「どうしてって、羽があるからじゃないのか?」片桐が聞き返す。
「いや、それは無理なんです。彼の体重は60kg弱あります。こんな羽で飛べるはずないんです。それにこの羽、どうやって動かしているんでしょう?羽を動かすための筋肉が見当たらない」
「ああ、なるほど。つまり科学的にはあり得ない現象が起こっているんだな?」
「そういうことです。そして彼は電気に反応して活性化するらしい。まさにメアリー・シェリーの悪夢ですよ。ついでに言うと田原さん、あなたもです」
神谷は藤太に視線を送った。
「なんだ?俺がどうかしたか?」
藤太が言うと神谷は藤太の腕を手で撫でながら言った。
「痩せてますね。とても人狼を一刀両断したり、コウモリ男の羽をもぎ取れる筋力があるとは思えない。あなたの力はどこから来るんですか?」
藤太は苦笑いを浮かべて答えた。
「それは上手く説明できないがね、俺にとってはさほど不思議でもない。力はどこにでもあるし、俺にとってそれを使うことは簡単だ。あんたらはまだ経験不足なんだよ、神谷さん」
「よく意味がわかりません」
「俺はいろんな妖魔を見てきたよ。不死身の男だって知ってるぜ。そいつは首を刎ねられても死ななかった。首だけになって何日でも軽口叩いていたぜ。そんな奴は昔からこの日本にも居たんだよ」
「それは一度詳しい話をお聞きしたいですね」
神谷は興味深そうに言った。
「いずれ機会があればな。しかし今のところ、あまり話すのは控えたいんだ。悪いけど神谷さんにもな」
そのとき、大きな音がしてコウモリ男がガラスに激突した。
ガラスのこちら側に立っていたレイナが目を丸くして驚いている。
コウモリ男はレイナを凝視しながら、牙をむきだしていた。
「あの~この人、私に何か用があるんでしょうか?」レイナが素っ頓狂な声で言う。
「そういえばあのときも、水上君ばかり狙っていたような気がするな。なぜだろう?」
片桐は不思議そうに言う。
工藤は少し不機嫌な顔をして、レイナとガラスの向こう側のコウモリ男の間に立ちふさがった。
「それはそうともう一人、あの女吸血鬼はどうした?」片桐が神谷に問う。
「あちらです」
同じ部屋の少し離れたところに、もうひとつガラスで仕切られた個室があった。
中に居るのは性別も分からないほどに老いさらばえたミイラのようの人間だ。
5課のメンバーの姿を見ると、皺くちゃの顔をガラスに押し付け何か喚いている。
瞳は白く濁っているが白目の部分は赤く充血している。もごもご開閉する口に歯は一本も見当たらない。
「彼女は吸血鬼なので血に飢えています。あれから一滴の血も与えていませんからどんどん老化していきますが、不死身なので死なないから苦しいでしょうね。彼女なら尋問できるんじゃないですか?」
神谷が言うと片桐はニヤリと笑って神谷の顔を見た。
「神谷さん、あんたもなかなか悪いな。血の供給を条件に口を割らせようってんだな」
「ウチは表看板のほうで血液銀行とは付き合いがありますからね。しかし尋問は片桐さんが専門家だ。そっちはお任せしますよ」
片桐は腕まくりをするようなポーズを取って答えた。
「よーし、任せとけ。面白くなりそうだ」




