メアリー・シェリーの悪夢
片桐が呼んだ警察の護送車にコウモリ男を乗せると、5課のメンバーは別のパトカーで県警本部に戻った。
「片桐さん、コウモリ男はどこに護送したんだ?」藤太が尋ねる。
「捕獲したMはヘルシング財団のラボに送られる。俺たちも後でそこに行くがその前に早川君、何かわかったか?」
片桐は先ほどから口の中で何かぶつぶつとつぶやきながら、藤太たちが回収したボックスを分解している早川に声をかけた。
「ええと皆さん、これすごく面白いですよ。この装置、ぜんぜん科学技術でもなんでもありません」
分解されたボックスの中身を一同に見せながら、早川は嬉々として説明を始めた。
「これね、コイルがたくさんあるでしょ?ぜんぜん無意味です。これじゃ単なる電磁石です。そして電磁石が繋げられているこれ、何だと思います?」
片桐、工藤、藤太の3人はボックスの奥をのぞき込むと、驚いたように顔を見合わせた。
「これ、心臓だよな?」片桐が早川に尋ねた。
「はい、まさに人の心臓。しかも生きてます。血液も無いのに鼓動がある。まさに無意味かつ不可思議です」
「電磁石の繋がれた心臓か・・・これは一体どういう装置なんだ?」
「だからこれは現代の科学では無意味な装置です。科学以前の科学、錬金術とかそっちに近い。オカルト科学で作られた装置ですよ」
「オカルト科学だと?」
「はい、これはおそらく『メアリー・シェリーの悪夢』と呼ばれるオカルト科学技術の応用です」
妖怪オタクであり、MIT卒の科学者でもある早川は得意げに解説を始めたが、彼の話は非常に回りくどいので、要約すると以下のようなものであった。
18世紀の初めごろのロンドンに、メアリーという名の16歳の少女が居た。
彼女はパーシー・シェリーという妻子あるプレイボーイ詩人と出会い恋に落ちる。
厳格なメアリーの父親がこの不倫に激怒したため、メアリーはパーシーとともに駆け落ちした。
そしてすぐにメアリーはパーシーとの子供を授かるが、生後まもなく死んでしまった。
このころからメアリーは繰り返し同じ夢を見るようになる。
それは、冷たくなった赤ん坊を暖炉で温めると生き返るという夢だ。
「16歳で駆け落ちしたメアリーには体系立てられた科学知識は無かったのですが、科学への興味と中途半端な知識はあったようなのです。それらが相まって、メアリーは死者を蘇らせ不死性を与える科学とい妄念に取りつかれたのでしょう」
ある日メアリーとパーシーは、レマン湖にあるパイロン卿の別荘を訪れるが、嵐のため数名の客とともにそこに閉じ込められてしまう。
その夜、パイロン卿は一堂に「みんなそれぞれ1話づつ、何か怖い話を考えてみないか?」と提案した。
これは日本で言う百物語のような遊びだったのだろう。
それぞれが思いついた恐怖の物語を語りはじめたが、メアリーには何も思いつかなかった。
しかし話は出来なかったが、ひとつの着想が浮かんだのである。
ある科学者がパスタに電流を流すことで、パスタを動かしたという話を思い出したのだ。
・・・死体に電流を流せば、もしかすると死者が蘇るのではないかしら?
その嵐の夜、眠りに落ちたメアリーはまた夢を見た。
それは夢というにはあまりにリアルな物語であった。
ビクターという名の科学者が、墓場から埋葬された死体を掘り出しそれぞれの優れたパーツを繋ぎ合わせる。
こうして出来上がった完璧な肉体に、雷の電流を流すことによって不死の人間を生み出したのだ。
目覚めたメアリーは狂喜した。
・・・私は生命の秘密を知った。不死の科学を知った。もう誰も死ぬことはなく、悲しむこともない。
「しかしレマン湖の別荘での出来事の後、夫を奪われたパーシーの妻が自殺したんですよ。それによってメアリーは正式にパーシーと結婚したのですが、当然世間は彼女を激しく批難した。世を疎んじたメアリーは不死の科学という妄念をさらに募らせ、嵐の夜の夢を元に一冊の本を書き上げた。それがあのゴシックホラーの傑作『フランケンシュタイン』ですよ」
「ああ、なるほどフランケン・シュタインか。俺はホラー映画が好きだからピーター・カッシングの映画で何度も観たぞ。コッポラ監督のデニーロがクリーチャー役やったのも面白かったな。しかしあれは単なる物語だろ?」
片桐がそう言うと、早川はニヤニヤと嬉しそうに話を続けた。
「小説は大当たりして時代を超えたロングセラーになりましたからね。世間一般では単なるSFホラーですよ。しかしオカルト科学の世界ではあれは画期的な発見だったのです」
「ふーん。しかし死体に電流を流して蘇らせるなんて実際、あり得るのかね?」
「科学的にはあり得ませんよ。しかしオカルト科学には理論やメカニズムの正しさなど不要なんです。間違っていても現象を起こせばいい。メアリーの発見を元に錬金術師やオカルティスト達は研究を深め、一定の成果を上げたといわれています。それが『メアリー・シェリーの悪夢』と呼ばれるものです」
早川の話を聞いて、片桐は分かったような、分からなかったような顔をして言った。
「まあ、5課のメンバーの能力も似たようなものだからな。ようするにこの装置は『メアリー・シェリーの悪夢』を応用して、結界を発生させたり工藤や水上君の力を封じたりしたってわけだな」
「そういうことです。みなさんの能力は敵に知られていたようですね。田原さんの武器召喚能力や水上さんの霊波バリア、工藤さんの金縛りの術などはまだ知られていなかったから有効だったのでしょう」
「しかし今回の戦闘でそれも敵に知られてしまった」
「まあしかし、それを分析して新しい装置を作るのはそれほど簡単ではないでしょう。それより僕はこの装置を元に我々のための結界発生装置を作りますよ。いろいろ役に立ちそうでしょ?」
「それはいいな。任せたぞ。さて・・」
片桐は一同を見渡してこう告げた。
「次はヘルシング財団のラボに行くぞ」




