コウモリ男
空から降りてきたそれは、背中にコウモリの羽のようなものを生やした痩せた男のようであった。
上半身は裸でデニムのパンツを履いている。顔と体には濃い体毛がある。これも獣人化した人間らしい。
そのコウモリ男が今まさにレイナに掴みかかろうとしているのだ。
しかしコウモリ男はレイナに触れることはできなかった。
レイナに掴みかかろうとする瞬間、レイナの身体から何か火花のようなものが飛び散り、コウモリ男が弾き返されたのだ。
しかし弾き飛ばされたコウモリ男はそのまま地面を蹴るとふたたび宙に舞い上がった。
大きな羽を広げて上空をはげしく飛び回っている。
まさにコウモリのような不規則でスピードのある動きである。
「すばしっこい野郎だな。撃ち落とせるかな?」
片桐が拳銃を構えた。
「片桐さん、あんたの銃だと殺してしまうだろ?俺が撃ち落とすよ」
そう藤太が言うと片桐は銃を降ろして尋ねた。
「田原君が撃つって?君は銃を持ってないはずだろ」
藤太は軽やかな動きで近くの集合住宅のベランダに飛び乗ると、物干し竿にかかっていたハンガーを手に取った。
さらに日よけの簾から竺を一本抜き取る。
「俺は弓矢の名手として有名だったんだよ。大昔の話だけどな」
藤太はベランダから飛び降りると、左手に持ったハンガーに右手の竺を重ねた。
それに「・・・来い神弓」と語り掛ける。
今、藤太の手にあるのは光り輝く弓矢であった。
その弓を力いっぱい引いて狙いを付ける。
「しかし確かにすばしっこいな。殺さずに射ることができるかな?」
藤太がつぶやくと
「藤太さん、俺が一瞬奴を縛ります。その隙に射止めてください」
工藤が言った。
「へえ、保久。そんな力もあるんだ」
「ええ。ただしほんの1、2秒程度ですが出来ますか?」
「それだけあれば十分だ。頼むぞ」
工藤は両手を上空にかざし、そして念を込めるように目を瞑った。
「いきますよ、藤太さん」
工藤がそう言ったそのとき、上空で羽ばたいていたコウモリ男の羽の動きが止まった。
そしてゆっくりとした滑空に変わる。
その機を逃さず藤太は矢を射た。
光の矢はコウモリ男の両肩の羽を縫うように貫通した。
羽を動かすことの出来ないコウモリ男はゆっくりと地面に落ちて転がった。
すでに飛ぶことは出来ないコウモリ男であったが、その動きはやはり素早かった。
地面を蹴ってまたもレイナに飛び掛かろうとしたのである。
レイナは動かず、ひたすら呪文を唱えつづけている。
しかし藤太の動きも素早かった。
コウモリ男に飛びついて、背中の羽を掴むと同時に蹴りを入れた。
そしてそのまま、凄まじい剛力で片方の羽をメリメリとむしり取った。
「ぎゃあああーっ!」
片翼を奪われたコウモリ男が悲鳴を上げた。
工藤はスーツの内ポケットから霊糸網筒を取り出すとコウモリ男めがけて網を放った。
網はコウモリ男を捕らえ、身動きを完全に封じた。
「Mを一体、生け捕りにしましたね」
工藤が言ったが、藤太の顔はまだ険しかった。
「まだ居るぞ。あそこだ!」
言うと地面に転がっている、さっきまでは弓であったハンガーを拾い上げると同時に、前方にある5階建てマンションの屋上めがけて投げた。
マンションの屋上には、ビデオカメラを構えてしゃがんでいるひとりの男が見えた。
ハンガーはブーメランのように勢いよく回転しながら、その男めがけて飛んで行った。
藤太の手にかかれば、洗濯用のハンガーも強力な武器になるのだ。
しかしその男はカメラを構えたまま、飛んできたハンガーを片手で受け止めたのである。
そしてカメラを下してゆっくりと立ち上がり、ハンガーを紙屑のように投げ捨てた。
軍用のロングコートを着た背が高くがっしりとした体格の男である。
「マブチだ・・・」片桐がそう言った。
マブチが不敵な笑みを浮かべているのが遠目にもわかった。
そして、すっと屋上から姿を消した。
「待て、マブチ!」片桐は叫ぶが、待てと言われて待つはずもない。
「片桐さん、結界が切れたようです」
工藤に言われて片桐と藤太があたりを見回すと、中学生たちの下校はまだ続いていた。
そして豹男サカガミの死体は消えていた。
しかし、コウモリ男のほうは痩せた青年の姿になって網に絡めとられたままであった。
ぐったりとしているが、死んではいない。
「俺たちは完全にハメられたな。敵は俺たちの能力をモニターしていたんだ」片桐が苦々しい顔で言った。
「しかし片桐さん、こちらもMの生体を生け捕りにしました。これは奴らの予想外でしょう。引き分けですよ」工藤が言う。
「何が引き分けなものか。俺たちは敵に能力を知られてしまったが、敵の情報は何一つ手に入れてないじゃないか」
「いえ、そうでもないです」
そう言って工藤は近くの電柱を指さした。
「敵はあわてて引き上げたので、アレを回収する暇がなかったようです」
「アレってなんだ?」片桐が尋ねる。
「よく見てください。あの電柱に何かボックスが着いているでしょ?他の電柱には無い。私の霊視が反応します。おそらくあれが結界を張ったり、霊波を遮断した装置ですよ」
それを聞いた藤太は、猿のように器用に電柱をするするとよじ登ると、ボックスを取り外し降りてきた。
「これがそうか?」藤太が工藤に聞いた。
「間違いありません。おそらくマブチがリモートコントロールで操作していたんでしょう」工藤は答えた。
片桐は藤太の持っているボックスを一瞥する。
「これを調べれば、敵の科学技術の一端が分かるかもしれんな。よし今回は引き分けということにしておくか。それはそうと水上君は?」
レイナはまだ目を瞑って一心不乱に呪文を唱え続けている。
藤太は笑いながらレイナに近づき声をかけた。
「レイナ、もういいぞ。君もなかなかやるな。何をぶつぶつ呪文を唱えているのかと思ったら、霊的バリアを張っていたのか」
我に帰ったレイナが目を開けると、素っ頓狂なアニメ声で言った。
「あ、もう終わりましたか?よかった・・誰も怪我してませんか?」




