豹男サカガミ
人の気配が完全に消えた住宅地の一角で、藤太、工藤、片桐の3人は背中でレイナを囲むようにそれぞれ三方向を見張る陣形を取った。
片桐はすでにスーツの上着の下に隠されたホルスターから拳銃を抜き出しての臨戦態勢だ。
3人に守られているレイナは目を瞑り一心不乱になにか呪文のようなものを唱えていた。
しばらくの沈黙の時間の後、ガチャリと鍵の開く音がして、近くの集合住宅の一階の扉のひとつが開く。
中からくたびれたスウェットスーツの上下を着た、寝ぐせのついたボサボサ頭に無精ひげのむさ苦しい男が現れた。
「何か出てきたぞ。片桐さん、あれがマブチか?」藤太が尋ねる。
「いやマブチじゃないな。しかしどうぜ碌でもない野郎に違いない。みんな用心しろよ」
男は頭をボリボリと掻き、欠伸をしながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
「やあ、みなさんこんにちは。俺はフリーのニートのサカガミです。どうぞよろしく」
にやにやとだらしない笑みを浮かべてサカガミと名乗る男が喋っている。
「わーい。かわいいお巫女ちゃんだなあ。うれしいなあ。一緒に写真撮ってくれない?うふふふ」
しかしレイナはそれを無視してぶつぶつと呪文を唱え続けている。
「おい、サカガミとやら。それ以上近づくな。動くと遠慮なく発砲するぞ」
片桐が銃を構えて威嚇すると、サカガミの顔から笑みが消えた。
「ふん。万能魔弾とやらか。そんなものが俺に効くかよ」
サカガミは両手を大きく広げた。
全身にザワザワと黒い毛が生えてくる。
そして手足が伸び始め、顔つきも変化しはじめた。
藤太は応戦しようと身構えたが、それを片桐が片手で制する。
「なんだ、また人狼か?こいつの相手は俺に任せてくれ」
片桐がそう言った瞬間、変身したサカガミは目にも留まらぬスピードで飛び掛かって来た。
片桐はためらいもなく発砲する。
サカガミは受け身を取るように地面を転がると再び立ち上がりこちらを向いた。
左の肩口から血を流している。
「お前は人狼じゃないな。人狼より動きが速い。クロヒョウか?豹男とは新手のMだな」
片桐は銃口をサカガミに向けたまま言う。
「おいおい、余裕こいてんじゃないぞ、たかが人間の癖によ。そうだよ俺は豹男だ。お前の首を吹っ飛ばすのに0.5秒もかからねえよ」
豹男サカガミが片桐に向かって叫んだ。
しかし、片桐は余裕の表情を崩さない。
「そうか?しかし残念だったな。お前にはもう俺の首を吹っ飛ばす力は残っていないはずだ。ええと、一度言ってみたかったセリフを言っていいか?」
「なに?」
片桐は銃を降ろすと左手の人差し指でサカガミを指さしてこう言った。
「お前はもう死んでいる」
「へ?」
次の瞬間、サカガミの左肩が破裂した。噴水のように勢いよく血が噴き出す。
「え、えっ?」
うろたえるサカガミの体中が奇妙に波打っていた。
「ぐわっ!」
サカガミの全身数か所の皮膚が破れ、内部から破裂するように血が噴き出し、そして倒れた。
「ぐわっ・・って、もっとなんかこう気の利いた断末魔の叫びをあげろよ。まったく」
サカガミの身体はしばらくヒクヒクと痙攣していたが、その動きも間もなく止まった。
「片桐さん、驚いたぜ。これはいったいどういうことだ?」藤太が心底驚いた表情で尋ねた。
「ヘルシング財団の分析した人狼のデータを元に早川君と開発した新型魔弾だ。やつらは身体に銃弾を受けてもすぐに排出するだろ?その生体反応を逆手に取って拒絶反応を暴走させたんだ。つまり自分の血液や内臓を異物と判断して排出したわけさ」
「それはすごい武器だ。やるな片桐さんも早川も」
「しかしこの新型魔弾の欠点は、どこに当たっても必殺なことだよ。本当はMはできるだけ生け捕りにしたいものなんだけどな」
そのとき・・・
「きゃ~っ!」レイナの声である。
バサバサと羽音を立てて、空おから降りてきた巨大なコウモリのようなものが、まさにレイナに襲い掛かろうとしていた。
「しまった。サカガミは囮か」
片桐はふたたび拳銃を構えた。




