断れない提案
「片桐君の報告と調書の内容を信じるなら、君の能力は我々の捜査活動に大いに役に立つと思われる。そこで君の身柄は我々が預かることにする」
高橋の言うことは、まだ藤太にはよく理解できない。
「身柄を預かるというのはどういう意味だ?このまま公安に身柄を拘束されるということか?」
「いや、それは違う。しかし、まったく我々の管理外に置くわけにもいかんのだ」
「よく意味がわからんが、具体的に説明してくれ」
高橋は少し思案するように沈黙したのち、語り始めた。
「話せば長いのだがね、君の言う海外からの妖魔勢力、これは我々もある程度察知している。奴らは日本の妖魔たちよりもずっと組織化されているようなんだ。以前はいくつかの勢力があったようなのだが、抗争の末、最近ではほとんどひとつの組織にまとまっているようだ」
「つまり広域暴力団やマフィアみたいな感じか?」
「それに似ているな。そして当然、今回の**台第五住宅での出来事は、奴らも知るところだ。あれはおそらく奴らの実験場だったんだよ」
「実験場?」
「昼間でも出歩ける吸血鬼、満月でなくても変身できる狼男。奴らはパワーアップしている。そのための実験をしているのだろう」
「なるほど、それで?」
「こちらも多大な犠牲を払ってしまったが、奴らの実験場は壊滅された。人狼を簡単に葬り去った君の恐るべき力は奴らにも脅威となっただろう。今後、奴らは君を狙うはずだ」
藤太はソファーにもたれかかり、大きく伸びをしてから言った。
「それなら手間が省けるな。狙ってくる奴を片っ端からやっつけりゃいい」
高橋はため息をついた。
「君ひとりなら、もしかしたらそれでいいかもしれない。君に怖いものは無いのだろうしね。しかし、君の家族や友人、恋人などが狙われる可能性があるぞ」
藤太は両親の顔を思い浮かべた。そして姫香。確かに彼らを危険に晒すわけにはいかない。
高橋は話を続ける。
「幸いなことに君の出現はなんの脈絡もなく唐突だった。事件の後で君の身柄はすぐ我々が確保したしね。君の身元は奴らにはまだ知られていないだろう。そこでだ」
高橋は藤太の顔に自分の顔を突きつけるように近付けて言った。
「君には2重生活を送ってもらうことになる。平凡な学生・佐藤太郎としての生活はキープしたまえ。もうひとりの君には我々公安警察の嘱託という身分を与えよう。いうなればコンサルタントだ」
「転生の後の俺に2人に分裂しろっていうのか?」
「言っておくが君に選択権は無いぞ。この提案を断るなら通常の殺人事件の捜査となる。何年も裁判しなきゃならんぞ」
「ふーん。断れない提案というやつか」
高橋はニヤリと笑って言った。
「そういうことだ。何か質問はあるか?」
藤太はちょっと考えてから答えた。
「時給は?」
「は?」
「そのコンサルタントというのは時給はいくらだ?その額によっちゃ、コンビニのバイトを続けなきゃいけないからな」
高橋は声を上げて笑った。
「心配するな。コンビニの時給以上は保証しよう。他に何かあるか?」
「自転車を弁償してくれ。あんたの部下の命を助けるのに自転車一台ぶっ壊してしまった」
高橋は立ち上がりながら言った。
「承知した。君は今日は帰ってもいい。工藤君、藤太君を家まで送ってやってくれ」
工藤の運転する自動車の車内。後部座席の藤太は工藤に声を掛けた。
「保久、お前腕を上げたな」
「え、なんのことです?」
工藤は後部座席を振り返ることなく答えた。
「とぼけるな保久。日本の官僚があれほどスムーズに物事を決定するわけがない。お前、高橋の心を操ったろう」
工藤は笑い声をあげた。
「あはは・・さすがだな藤太さん。あんたに隠し事はできないようだ。最近、霊視の他にいくつか能力が覚醒したんですよ。あ、家に着きましたよ。じゃあまた連絡します」




