死刑囚マブチの朝
午前9時。それはここに住むものすべてが恐れる『魔の時刻』。
独居房の廊下を歩く複数の刑務官の靴音が聞こえる。
・・・立ち止まるな。頼むから通り過ぎてくれ。。
死刑囚・マブチは心の中で強く念じた。
靴音が大きくなるにつれ、マブチの呼吸は早まり汗が滝のように流れる。
靴音はやがてマブチの部屋の前を通り過ぎていった。
・・・今日も祈りは通じた。今日は金曜日だから3日は生き延びられる。
マブチは安堵の吐息と共に、ゴロリと仰向けに寝転がった。
発覚しただけでも児童を含む8人もの若い女性を監禁、強制性交、そのうえですべて殺人。死体損壊。
他にも被害者が居る可能性が指摘されている。
極悪非道のシリアルキラーであるマブチが一体、何者に祈るというのだろうか?
人の心を持たぬ男を救う神など存在するのだろうか?
死刑囚の生活は懲役囚に比べるとはるかに自由であり快適である。
もちろんこの房から出られるはずはないが、差し入れの本は自由に読めるし菓子なども食べられる。
労働させられることもない。
栄養のバランスが取れた食事を食べて、適時運動もするので健康状態も良い。
ただいつ処刑されるかわからないだけである。
そしてマブチが確実に生き延びられる3日間は早くも過ぎた。
今は日曜日の夜である。
・・・明朝、また魔の時刻が訪れる。頼むから無事に1週間生き延びさせてくれ。。
寝床の中でマブチがそう祈ったそのとき。
「魔の時刻?違うな。今が魔の時刻だ」
そう声が聞こえた。
ビクッと身を震わせてマブチは跳ね起きた。
「誰だ?」
マブチの足元に座っている人影のようなものが見える。
・・・幻覚か?それとも死神か?
「どちらでもない。人によっては私は死神かもしれないが、君にとってはその逆になるかもしれないな」
影ははっきりとした声で喋った。
「私は君の祈りを聞いて来たんだ」
「お前は誰だ?」マブチは問いかけた。
「そんなことは今は重要ではなかろう。それより君は死ぬのが怖いのか?」
「あ・・あたりまえだ。死ぬのは嫌にきまっている」
ククク・・と影は押し殺したような笑い声をあげる。
「大勢の罪もない少女たちを犯して殺した君が、自分は殺されるのが嫌というのかね?」
「他人が死ぬのと自分が死ぬのは意味が違う。女を犯して殺すのは快楽だ。しかし自分が死ぬのは苦痛だ」
「なるほど。君は殺した少女たちに対して、罪の意識はあるかね?」
「そんなものは無い。ただもう少し上手くやればよかったという後悔だけだ。死体処理と隠蔽方法がマズかった」
はははは・・影は先ほどより快活そうな笑い声をあげた。
「気に入ったぞマブチ君。君には才能がある。君はこれからも生き延びて君の快楽を追及したまえ」
翌朝、マブチの死刑は執行された。
執行の直前に出された茶菓子はすべて平らげ、軽口を叩く落ち着き払った様子のマブチは刑務官たちは空恐ろしいものを感じた。
絞首刑に処されたマブチの心停止を医師が確認する。
しかしそれから約30分ほど、マブチの遺体は絞首のまま置かれる。
これは万が一の蘇生を防ぐための処置なのだ。
30分経過後、マブチの遺体はようやく絞首台から降ろされた。
そのとき異変が起こったのである。
ストレッチャーに寝かされたマブチの身体がピクッと痙攣したのだ。
・・・?
驚く刑務官たちが見守る中、死んだはずのマブチの口が開いた。
「死刑執行は完了したな、ご苦労さん。さあ、早く拘束を解いて釈放の手続きに入ってくれ」




