毒と市
「あぁ、坊とは入道頭の意味だったか」
一つまみ刻み煙草を煙管に押し込むと、悪衛門は火を付けた。
「何故姿を見せた?お前も商売金坊の姿は見た事がなかったと言っていたな」
悪衛門は吸い口を咥え、口をすぼませながら煙草を吸いこむと火皿の煙草の葉が赤く燃えた。ちりちりと微かな音が鼓膜に触れて行く。
「お前の策じゃ」
悪衛門の鼻の穴から煙が別の生き物のように渦を巻いて立ち昇っている。
「ワシの策だと」
「あぁ。多賀谷が豊田に攻め込む支度を真剣に始めたらしいぞ。儂も多賀谷の兵として駆り出すつもりであの禿げに会わせたんじゃろう」
鼻から出た紫の煙が蟠るのを飽いたのか、ふわりと空に溶け込んで行く。 その様を見ていた三郎には煙草の良し悪しは分からなかったが、何やら不思議な匂いのするものだと感じていた。
「お前が商売金坊の配下になるのか」
「まぁ、よいわ。やつの采配が気に入らねば逐電するのみ」
悪衛門の言葉を聞いた三郎は、ふむと一言唸ると上がり框に座る悪衛門を押し退けるように隣に座り込んだ。
「話がずれた」
そう言って懐から一冊の書物を取り出すと、悪衛門の膝の上にぽんと置いた。
「今日ここに来たのはお前の雇い主に今宵会いたいと伝えてもらうためじゃ」
膝上の本を不思議そうに手に取った悪衛門の鼻の穴からは再び白い煙が上がっていた。実に旨そうに煙草を呑むものだ。
「今夜会ってどうする」
「毒をな、調達してもらう」
悪衛門は咽た。煙を肺の腑に溜めこんでいたときの意外な申し出に面喰ったのだろう。暫しの間苦しげに咳き込んでいた。
「毒?鴆毒か」
煙草とはよほど苦しいものなのか、言葉も切れ切れになるほどきつく咳き込んでいる。
「どうした?」
三郎の問いに答えられる余裕も無いらしく、しばらく咳き込んだあと落ち着きを取り戻したようで涙を溢しそうになっている目を三郎に向け直した。
「いや、いきなりの変わった申し出に驚いたわ」
「そうか。しかしちんどくなどは知らぬが、我が家にあった薬の書にな、鳥兜と言う物が載っていたことを思い出したのさ」
落ち着いた悪衛門は目じりに溜まった涙を擦りながら煙草の火を土間に落とした。
「鳥兜か。聞いた事はあるな」
「多賀谷はおまえのような者を幾人も抱えておるのだろう。ならばそのような珍妙な毒も手に入れ安かろうと思うてな」
悪衛門は足元の煙草の火を踏み消していた。
「そうか。ならばこれから同行するか?」
「なに?」
「一緒に儂の雇い主に会いに行くかと申しておる」
一瞬三郎は呆けたが、なるほど今日は雇い主と会う日だったかと思い当たった。三郎本人も一月に一度、あの陰鬱な声の持ち主に会いに行っているのだから悪衛門が行かぬ道理はない。
「なるほどそうだな、お前も共に行く方が話は早かろう。で、どこで落ちあうのだ」
「なに、お前も良く知っているあの襤褸寺さ。ま、そのまえに市じゃ」
「市じゃと」
「儂の楽しみよ。まぁお前もたまには命の洗濯をするのも良いものぞ」
 




