白拍子の舞台
まだ日も高い時分、鬼怒川の河原には近隣の村邑から集まった者達で溢れかえっていた。東は菅谷氏の膝下である土浦から、また西からは鎌倉殿の町である古河方面からも遠路やって来た者も大勢いるらしい。
この日は上方から来たらしい白拍子達が鬼怒川の畔に舞台を設えており、演目の見世物があると評判を呼んでいた為に更に人出があったようだ。
そもそも白拍子達の演目となる舞は室町前期には衰退しており中期までには廃れてしまった神事である。故事復旧した神妙神事の舞を一目見ようと集まる群衆にとっては舞を見るという意味合いよりは、時ならぬ願掛け祈願に出向いてきたと云っても良いかも知れない。
白拍子の舞を目にする機会はほぼ失われているこの時期である。物珍しさも手伝って、暮らし向きに余裕のある者や市で稼いだ者達で舞台には黒山の人だかりが出来上がっていた。
「もそっと楽しんだらどうじゃ」
人混みをかき分けて楽しげに市の中を歩いている悪衛門だったが、その後を付いて回る三郎としては知り合いに出会う事を極力避けたいのが本音だ。そのためか必要以上の仏頂面をぶら下げながら歩いていた。
そんな事を気にする素振りも無い悪衛門は気の向くままに、自分の頭には必要のなさそうな笄屋をひやかし、侍でもないのに鍔を売る店に並ぶ掘り出し物を探す事に熱心だった。
「悪衛門、ワシはちと市は気が休まらん」
辺りを見回す三郎には落ち着きがなかった。先日の石毛離反の噂を流した本人なのだから当然と言えば当然である。
「まぁそう言うな。これから白拍子の舞でも見て寿命を延ばしてみぬか」
「気楽なものじゃな」
はははと笑った悪衛門だったが、次の瞬間真顔になった。
「実はな、この市で次郎政重殿を襲う事になっておるのよ。だからお前を誘った」
「なんじゃと!」
三郎の驚きを見て悪衛門は鼻先で笑っていた。己は自らの主に毒を盛ろうとしておるのにその一族が襲われると聞いて目の色を変えた三郎が可笑しかった。
「なんじゃとは大げさだな、多賀谷が豊田を襲う、これは当たり前ではないか。現にお前が恐ろしき事を企んでおるぞ」
呵々と笑う悪衛門に、三郎はぐうの音も出なかった。
「まぁこのまま儂と来い。悪い様にはせんよ」
「悪衛門、お前、まだ裏があるのではないか?」
似合わぬ笑顔を顔面に張り付けた悪衛門がそこにいた。
「考えすぎじゃわい。さ、もう少し進めば河原じゃ。そこに白拍子の舞台があるはずじゃ。もそっと堂々と歩け」
からからと笑いながら歩く悪衛門に引き摺られる様に歩を進めていた三郎だったが、その鬼怒川畔の河原の舞台を目にして少々驚いた。予想を越えて大掛かりな作りだった事もあるが、簡易な幔幕を張り巡らした舞台だと思っていたものが何時の間に建てたのか木造のしっかりとした建築物が目の前に建っていた。
三郎は知る由もないが今で言うプレハブの原型のようなものだった。これよりほんの少し前、美濃の国の長良川の河畔で墨俣砦を建てた藤吉郎と云う物がそれらしいものを応用していたと云う話だが、それと同じようなものだろう。
「これは、いつの間にこのような物が建ったんじゃ」
三郎は目を丸くしていた。
「これはな、美濃の方でなんとか言う者が考えた建て方らしいぞ」
「美濃?」
「儂の故郷よ」
「ああ」
「はじめからほぞ穴を切り長さを使う場所ごとに切り揃えておくんだそうな。上手い事を考えるもんじゃのぅ」
悪衛門は腕を組みながらこれを考案した地元の人物を想像していた。
その組み立て式の舞台の周りには幔幕が張り巡らされ、入口と思しき所には高座があった。その上には恰幅の良い髭面の男が座っている。おそらくこの男が座長であり受付なのだろう。愛想の良い笑顔を辺りに振りまいていた。
三郎は人の目が避けられるならばと急いで高座に向かって進もうとすると、悪衛門の右腕が伸びて襟首を掴まれてしまった。
意外な程の腕力に驚きもしたが、いきなり首根っこを引っ張られた事で少々頭に血が昇ってしまった。
「おのれ武士の襟首を掴むとはどう言った了見じゃ、事と次第によっては……」
三郎がみなまで言う前に悪衛門が掌を三郎にかざした。まて、という意味合いなのだろう。




