第六十一話 悠抄、泰山鳴動をして鼠一匹を見るの事 その一
喧騒に満ちた泰山庁西館二階に位置する大食堂の、本来であれば席取り合戦で賑わうであろう中央部に発生した空白地帯で、悠抄は筆を止め、ふむ、と頷いた。
「組織変人不要論、ですか」
「名前から想定できる中身としては、変人が組織にもたらす利益と損失を詳らかにして変人に対する組織の許容率つまりは、どこまで我慢して後どれだけ我慢できるかを割り出そうとする議論ということか?」
唐突に突きつけられた論に悠抄はのんびりと呟き、天猫は愉快げに肩を竦めた。
最早恒例行事である調査課による書類持ち込み大会開催中の悠抄と天猫のもとに情報を持ち込んだ彩藍は、どのような反応を示すのかと緊張も露わに目の前の二人を注視する。
「なるほど、面白いことを考えますねー。良いことだと思いますよ」
「あぁ、組織改善のまたとない機会だな。喜ばしいことだ」
思いもよらぬ当人達による肯定に、思わず拍子抜けをする彩藍であるが、脱力する途中である恐ろしい可能性に直面する。
即ち、この二人に自らが変人との自覚はないのではないか、と。
「あの、大変失礼ですが、おそらくはお二人も曰くの変人に含まれているのではないかと思うのですが……」
「はい、当然ですねー。そのような仕分けをしてぼくや天猫が含まれないはずはないのですよ?」
「むしろ、俺達を抜かして考えているなら、一体何を企んでいるというところだな」
戦々恐々現実を突きつける青年に、言われるまでもないことと変人代表が自信を持って自らに太鼓判を押す。
「対象とされているのは、主に調査課と討伐課、それに技術課らしいですけど、言いたいことは理解できますが、変人とまで表現するのはちょっと乱暴な気もしますが……」
「残念ですが、彩藍くん。その視点は平等を欠いています」
人の良さを垣間見せる彩藍の言葉に、内部者だからこそ冷静に捉えることが肝要となると悠抄が嗜める。
何故自分は駄目出しをされているのか、一瞬海より深く悩む彩藍である。
良いですか、と筆を置いた悠抄がそのまま人差し指を立てた。
「現世とは、幽世に生きるぼく達には及びもつかない理屈がまかり通る異なる世界なのですよ? その世界に渡って事を収めるのを役割とする調査課に変人がいなくてなんとしますか」
「ですが、変人不要論は良いことだと……」
「良いことだろ? そもそもが細分化されすぎた自由人だ。型に収まらない連中を型に収めるには、一度変人達がどういう連中か洗い出さないと要不要の判断がつかないからな」
「ちょっ、ちょっと待ってください。お願いですから矢継ぎ早に視点を変更するのは勘弁してください」
左と思えば右上と思えば後ろと、変幻自在といえば聞こえが良いが、思いつくまま交互に畳み掛ける変人による変人定義に危うく洗脳されかけた彩藍が、自らを強く保つ為に悪気だけはない外見少年達を右手を掲げて押し留める。
「念のためにまずはお聞きしますが、お二人ともご自分が変人であると断定されたと承知されておられるわけですよね。それなのに何故そんなに平気そうにしていられるですか?」
慎ましく論を流布させる影の立役者の努力を擁護するならば、当該世論は特定個人を指して変人であると断定しているわけではないが、彩藍の中では経験上悠抄と天猫を中心に置かずして議論が巻き起こるはずもなしとの確証があるらしい。
観衆の音なき称賛を向けられるに相応しい名判断である。
控えめなどよめきが広がる中、人の輪の外側で幾人かが囁きを交わして大食堂をあとにする姿が見受けられるが、大多数にとっては些細な問題なのであろう。
「逆に彩藍くんに質問しますが、ぼくと天猫と職人の隠れ里の里長さんが三人でお仕事をしていたらどうしますか?」
「可及的速やかに皆さんの姿が目視判別できない距離まで退避したうえで、目的地及び経路の変更を最重要検討項目にします」
間髪置かず即答する彩藍に、悠抄が満足げに青年の頭を撫で混ぜた。
「良い判断能力です。今彩藍くんが答えてくれたように、変人とは本人が自覚するのではなくて、第三者が判定するのです。よって、入庁以来その評価を受け続けたぼくと天猫は本人の意思によらず分類されうるのです」
だからこそ、変人不要論は価値を持つのだと変人具現化少年は後を続ける。
「要するに、主張の正当性の有無は対象ではなく第三者に問えということですか? でも、答えてくれる人がいますかね?」
ぼやく彩藍が周囲の野次馬に視線を飛ばすも、衆人一同青年の動きにあわせて顔を反らせるばかりで、真っ向から交差させようという強者は存在しないらしい。
「馬鹿だな、彩藍。こういうのは、世間の荒波に揉まれた人材じゃないと真っ正直に答えるはずもないだろ? 丁度いいからお前の昼食の調達がてら聞きに行くぞ」
想定内の反応に落ち込む事務青年を短く笑い飛ばした天猫は、威勢の良い応答を繰り広げる配膳口を指し示すのであった。
〜〜
ぞろぞろと何やらの大移動の如くおまけを引き連れて歩く事少しの間、順番待ちの一般職員が飛び退くのを朗らかに見送った悠抄は、忙しく立ち回る御婦人集団に声掛けるべく受付台に取り付いた。
「おばちゃんおばちゃん、庁における変人職員の必要性に関して意見を聞きに来ました」
「相変わらず無駄に席を取っていると思えば、これまたとんちきなことをお言いだね」
変人代表が一般人に変人の必要性を聴取する、という意味不明の状況を繰り広げる悠抄に、長机の奥から賄いの女性達の一人が呆れを前面に押し出して対応する。
「組織変人不要論なるものが庁内で流行しているらしいのです」
「そうかい、あんた達もついに肩を叩かれる番になったということかい」
さて目出度いのか目出度くないのか、とおどけるご婦人に彩藍と周囲の庁職員が尊敬の眼差しを向ける。
「残念なことに、彩藍くんもさよならするのかもしれないです」
「うぇっ?」
突然藪から棒に冤罪を着せかける迷惑生物に青年は目を剥き、賄いの御婦人は興味深げに腰に手をあてた。
「へぇ? その坊やがねぇ。見た目はまともなのに最近の若い子は分からないものだね。どら、餞別に油淋鶏を一個おまけしてやろうかね」
言うが早いか、用意された魚片粥と皿に盛り付けられた油淋鶏に鶏肉が割り増されて盆ごと青年へと手渡される。
ちなみに、青年が昼餉の献立を注文した記憶は欠片もない。
「おや、坊や、徳さんの揚げ鳥をもらったのかい。良かったねぇ、何処かに行っても変わらず元気でおやりよ」
傍らの切り物担当の御婦人は包丁を拭く手を止めると、ひらりと布巾を振って彩藍の存在しない門出を祝う。
俄に始まった彩藍送別会に天猫は小さく吹き出して顔を背け、周囲はやっぱりなと言いたげな視線を惜しげもなく青年に注ぐ。
「惜しい子でしたが、目出度く彩藍くんの再就職先も見つかったところでおばちゃん達にお聞きしますが、賄いさんに変人は必要と思いますか?」
「馬鹿をお言いでないよ。日々の生活に変わり者なんてお呼びじゃないよ。つべこべ言っていないで、とっとと昼飯食ってきな」
どうやら面倒くさくなったらしい徳さんは、これまた独断と偏見で決めた献立の盆を悠抄と天猫に押し付けると、会計窓口を指さしてさっさと行け、と言外に追い払う。
「そういうわけだ、彩藍。食事を摂ったら次の意識調査に向かうぞ」
何故にそこまでやる気に満ちているのか謎でしかないが定食の盆を両手に行動方針を発表する天猫と、手近な長卓に就いて早速匙を構える悠抄であった。




