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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第五十四話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その四十六

「長ぉ生きておっても、人生ゆうんはわからんもんどすなぁ。短い間ぁに二度も幽世の方々をおもてなしするやなんて」

 遅れて現れた庵主が縁側に座して一礼すると、脇に置いた箱を携え上座にて客人達に面する。

「しばらくぶりです、庵主さん。突然のお邪魔なりましたが、さっそく約束が守れてぼくも嬉しいですよ」

 ひらり、と袖を上げて挨拶を返す悠抄の真似をして、小型化した神獣が異形面少年の膝上から自らも左足を掲げて抜かりなく自己主張をする。

「えらいおおきに。ほなら、さっそく始めさしてもらいます」

「香を楽しませてくれるとのことだが、確か、香手前という名前だったか、小割りの香木を楽しむ八洲の香席だったな?」

「へぇ、さようにおざります。されども此度は趣向を凝らしてみましてなぁ、恐れながら婆の遊びにお付き合い願いとぉおざります」

 軽やかに宣言すると、萩が咲き銀錦の打敷に香道具一式を並べ、手際の良さと丁寧さを併せ持つ灰手前を披露する。

 程よく温められた炭団と銀葉の上に丸薬状の黒い物が数粒が乗せられる手順を目にし、はてと悠抄が首を捻る。

「ずいぶんと面白い段取りですねー。小さな香炉を順繰りに回して香りを聞くのが正しい作法と記憶していましたが、なるほど、これは確かに遊びですね」

 亭主の手前に置かれたままの聞香炉よりくゆる香煙に疑問を乗せる悠抄に、ほほ、と庵主が袖で口元を覆った。

「お若いお連れさんもおられますよって、堅苦しい作法は抜きに、まずは香りを楽しんで貰うが肝要と勝手さして貰いました」

 型破り上等と悪びれることなく言ってのける尼僧の年の功と、そもそも細かいことを気にしない混沌の住人二人の雰囲気もあってか、常識人青年は何やら違うらしいとは思うも流されるより他なし。

 縁側からの風に乗り緩やかに濃淡移り変わる香の気配を味わう空間の中、猫面少年がおもむろに新人事務官へと面を向けた。

「せっかくの心配りだ。彩藍、この香の特徴を挙げてみろ」

「うぇっ?!」

 天猫による唐突な指名に、彩藍が状態を反らして驚いた。

「……えーと、お香なんてそんなに縁がなかったので合っているのか分かりませんが、この香りは甘くてさっぱりとしてお腹が空くような?」

 しどろもどろという表現にぴったりな口調で何とか対応する青年の回答に、同席者一同が拍手を以て褒め称える。

「体に感じたことを素直に言葉にするとは、中々素質があるな」

「さすが彩藍くん。普段の素直さがそのまま出た感想でしたねー」

 褒められているはずなのに褒められていない気がするのは、どういう状況か。

 どこか釈然としないものを感じる青年に、老尼が表面的には慈悲という名の、温かいからかいの視線を送る。

「お聞き頂いとりますは侍従と申しまして、秋の香なれども雑にして季にあらずのものどす」

 敢えての抽象説明という老婆の悪戯心に、案の定好奇心を刺激された青年が僅かに身を乗り出す。

「ぞう、ですか? それは、どの様な意味を持つお香ですか?」

「ぞうはですねー、雑と書きますが字の見た目に騙されては駄目ですよ、彩藍くん。むしろ、あらゆる物事を切り替え場を清める特別なお香とも言えます」

 説明がてら左手を持ち上げた悠抄が撫でる仕草を見せ、それを受けた天猫が伝言よろしく彩藍の頭をおざなりに撫でた。

「すみません、意味が分からないです。あと、撫でられる意味も分からないです」

 猫面少年の手を避けるわけではないがさりとて疑問と苦情を遠慮するでもない青年の言葉に、悠抄がまだ下げてない手を立てていつものようにくるりと人差し指を回した。

「彩藍くん、質問です。ぼく達は今回何故旅をしていましたか?」

「それはもちろん、元々は悠抄さんの仮面を修繕するための材料集めと落魂の漁師さんの救済が主題で、それに伴ってなよ竹の姫君の要望に応じる必要が出てきたから、ですよね?」

 他人事のように問いを投げかける元凶を一度しかと見据えた後、新人事務官が状況を簡潔に纏めて回答をする。

「その通りです。なよ竹の姫様が昔語りのそのままに難題を出したので、期待に応えるべく秘宝を集めて舞い戻ったのが今の状況ですね」

「いや、昔語りに沿ってって、その昔語りの裏で姫君に難題を吹き込んでいたのはお二方ですよね。天猫さんといい、何故そこで他人事なんですか」

 伝聞をなぞる体を取る迷惑生物の発言に目眩を感じて眉間に拳を押し当てる青年の糾弾に、しかし強固な精神性を誇る調査官組が怯む様子はない。

「細かいことはどうでもいいのです。大事なのは、ぼく達が集めているのは人の世にあらざる品物、ということですね」

「はぁ、確かに。散々非常識な場所を引っ張り回されましたね」

 だからどうした、と言外に問う青年の頭を、左手に座す少年剣士が軽く小突いた。

「もう一つ聞くがな、俺達が今手元に置いていない宝はなんだと思う?」

 質問の形ではあるも天猫の指の示す先を見るに、さっさと気が付けと言いたいらしい。

「……なるほど、わかりました。残る宝物を受け取るにあたって俗世である以上このお寺でも品物にそぐわないので、お香を持って場を清めたわけですか」

 要点を纏めた青年の回答に、異形面少年が拍手で以て褒め称える。

「あと撫でたのは、質問できる子は素直な良い子だからです」

 これはとても重要、と譲らない構えの悠抄に、面映さを覚えた青年が何と返したものかと悩んだ末に庭へと顔を向けることで逃げを打った。

 初々しい反応を取る青年を肴に理外存在どもがひとしきり和んだところで、さて、と悠抄が次の話題へと切り替えの合図を発した。

「そういうわけで、場も程よく浄められ、彩藍くんも納得してくれたので、あゔぁろーきてーしゅゔぁらさんからの預かり物を見せてもらえますか?」

「へぇ、こちらが、観自在様より仮面様方へとお預かりした品もんどす」

 悠抄の要請を受け庵主が戸袋より取り出したのは、桐箱に入れられた両手に収まる程度の大きさの何の変哲もない石の鉢であった。

 質素を通り越していっそ粗末と言っていいような器に落胆の声を上げかける彩藍であったが、一拍早く悠抄が小さく嘆声を発した。

「あぁ、これは良いものを準備してもらえましたねー」

「そうだな。他のものと張り合わない尊者らしい気配を纏った鉢だな」

 珍しく手放しに称賛する調査官組の言葉を耳にし、我が目の不調を疑った彩藍が方相氏面をずらして念入りに目を擦る。

 玉砂利の白が空の青に映える枯山水を眺めて深呼吸をすること数度、視界の調整をした彩藍が此度こそはと仮称尊者の御石の鉢へと対峙した。

 然れども、桐箱に鎮座ましますは無骨な石造りの器に変わりはなし。

「彩藍くん、大丈夫ですか? お腹痛いなら、少し中座しても良いですよ?」

「食べ過ぎか寝冷えか? 仕方ないやつだな。そこの縁側の突き当たりが雪隠だから、貸してもらえば良い」

 苦悩のうめき声をなんと捉えたか、的外れな助言をする悠抄と天猫。

 少年二名のずれた親切心とくろさんのにやりとした表情が、青年の心にやすりをかける。

 認識の共有に失敗し、仲間からの意図しない仲間外れを自発的に味わった彩藍が、己の敗北を悟り悠抄と天猫を仰ぎ見た。

「すみません、僕にはどうやってもただの地味な石の器にしか見えないんですが」

「そうですね。御石の鉢なので、石に見えるので合ってますよ」

 恐る恐るの申告をする青年に、悠抄が微塵の衒いもなく肯定をしてみせた。

 事によってはからかっているのかと捉えられても仕方ない表面的矛盾ではあるが、むしろ悠抄がそれほど器用な性格であったならば世間の苦労は大幅減であったであろう。

 余計な解説は語るのに必要な説明を省く出力偏向型解説魔に理不尽なものを感じつつも、藪を突いて蛇を出す覚悟で彩藍が膝で一歩にじり寄った。

「あの、地味にしか見えない器が見事とはどういうことでしょうか?」

「うーん、そうですねー。八洲の茶の湯には昔から侘び寂びという考え方があるとされているのですよ」

 覚悟を持って突いた藪からは、想定を斜めに越えた切り出しの蛇が出てきてしまった。

 茶の湯とは一体なんだ、と頭の片隅で思ってしまう彩藍であるが、そのわずかな疑問を逃す悠抄ではない。

すぅ、と息を吸う主の膝上で小型狻猊が非難の視線を青年に送るが、時既に遅し。

「茶の湯はですね、大きく三つに分かれるとされていてですね、華やかな姫宗和と、地味の中にも綺羅びやかさを併せ持つ綺麗さびと、幽玄を愉しむ侘び茶があるとされています」

「悠抄さん、本題、本題に戻りましょう。今は御石の鉢の話ですよね」

 相棒の起動を確認した天猫が足を崩してくつろぎ、その猫面少年を挟んで彩藍が方向修正を試みる。

「はい、簡潔に纏めますね。ひと言で言うと、姫宗和は目にも綾な茶器や床飾りを用いて茶席を風雅に演出し、綺麗さびは静かな中に引き込まれる凛とした美を味わい、侘び茶はひびや欠けさえも茶器の辿った来歴として眺める、本質はどれもとても華やかな世界を愉しむとても贅沢な考え方です」

 小柄な体躯のどこにそれだけの肺活量があるのか、理外生物曰くのひと言は正しくは無理矢理のひと息であった。

 確かに長くはないが異様に圧縮された悠抄の説明は、書院に新たな混乱を齎した。

「よって、あゔぁろーきてーしゅゔぁらさんが準備してくれた鉢は、侘び寂びの観点からとても理にかなった見事なものなのです」

「分かりました。天猫さん、悠抄さんが意味不明なので通訳をお願いします」

 厳かに頷いた彩藍は、威儀を保ったまま何とかしろと混沌の相棒に泣きついた。

「お前も大概面倒な奴だな。良いか、彩藍。よく考えろよ?」

 中々納得しない事務青年に、猫面少年が面倒くさそうに肩を竦めて悠抄の言葉の後を引き取った。

「他の四つの宝物はただでさえ自己主張が激しいんだから、こいつまで派手だと目にうるさいだろ。だから、簡素な造りの方が逆に人目を引くんだよ」

 今まで集めてきた宝物を思い出してからもう一度鉢を見ろ、と桐箱を指差す天猫の助言に従い、彩藍が四つの宝物とそれに纏わる出来事を思い返して再度視線を向ける。

 なるほど、圧を放つ品々の中、主張せず溶け込む鉢は一服の清涼剤足り得る存在感を持つと感動を胸にする青年である。

「あとはですね、見た目はどうあれ鉢は本物なので文句をつけられる隙はないのです」

 もっとも、情緒を理解して投げ捨てる迷惑生物による実利主義のせいで長続きしない感動ではあったが。

 いずれにせよこれにて準備は整った、と暇を乞うて立ち上がる一同に、そうそう、と庵主がのんびりと声を掛けた。

「うっかりとしておりましたが、観自在様より仮面様へ特にと言伝をお預かりしておりましてなぁ、羅漢方の修養の妨げになる故、お越しになられて御礼固くご遠慮いたしたく候とのことどす」

 尊者をして柔らかさの中にも断固とした拒絶に、不思議そうに悠抄であった。

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