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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第五十話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その四十二

 衣箱に視線を向けては溜息を吐き、万事の元凶を見ては項垂れる。

 鬱陶しいことこの上ないさり気なさを装った悲劇の事務官と、構うことなく牦牛酸奶で戻した干し果物や胡桃を匙で掬い、麗江粑粑をちぎって口に運ぶ悠抄の対比が世の平和を物語る。

 小難あれども世に障りのあるでなし、と言わんばかりの光景に、天猫がつまらなさそうに卓の表面を指先で叩いた。

「あのな、彩藍。言いたいことがあるならはっきり言わないと、根比べをしてもお前が不利なだけだぞ?」

 こいつがそんな小芝居を気にする程繊細に見えるか? と剣士少年が牦牛肉串の串で指し示す先には、卓に前足を掛ける小型神獣に料理を取り分けつつ自らの分もしっかり確保する人型栗鼠の姿。

 不思議そうに見返しはするも次の皿に手を伸ばす悠抄に、まずはその手を止めろ、と彩藍が念を送るが効果はなし。

「お言葉ですが、天猫さんが甘いから悠抄さんがこうなんじゃないですか? 躾の基本はですね、粗相をしたらその場で自分で気づいて貰うことですよ」

 程よく無自覚な青年の無礼に、躾のなっていない犬猫扱いをされた悠抄は、気分を害するでもなく、青年が何やら不服であるらしいと麗江粑粑をちぎって牦牛酸奶に断面を浸けた。

「彩藍くん彩藍くん、心配をしなくても、皮衣に足が生えて逃げることはないですよ?」

 そして宥めるように告げられた語は、全くの意味不明であった。

 双方首を傾げる意思疎通事故の現場を目撃した天猫がなるほど、と呟いて串焼きの串を取り皿に置く。

 そして、麗江粑粑を頬張る相棒を一度見遣ってから彩藍へと視線を向けた。

「彩藍、お前は皮衣がどこにあると思っている?」

「どこも何も、どこかに紛失したからその衣で誤魔化そうとしているんですよね?」

「だそうだ。悠抄、説明しろ」

 突然の指名を受けた悠抄は、しかし慌てる素振りも見せずしっかりと料理を味わってから茶を含み口中を整える。

 ゆったりとひと息ついてから、おもむろに口を開いた。

「彩藍くんが目にしている衣はですね、正真正銘の火鼠さんの皮衣なので、心配はいらないですよー」

「いや、今の間は一体何だったんですか?」

 ゆるりとしていたと思えば唐突に始まったからくり仕掛けのような説明に、思わず待ったを掛ける彩藍だが、ここで悠抄が止まれば苦労のあるはずもなし。

「えーとですね、彩藍くんの想像の通り、火鼠さんも金烏さん強い火の性を持つので当然纏う色も赤の系統になりますね。火鼠さんは鮮やかな緋色で、金烏さんは華やかな赤金色で有名ですね。どちらも高級品です」

 さらりと混ぜられた不穏な語に指摘を入れるべきか否かを迷う青年を置き去りに、相棒より餌を与えられた説明魔の少年は、絶好調で解説を続ける。

「火の性を持つ素材さん達の素材を仕立てる際は、赤の色を際立たせる事が是とされていますね。これは勿論、色の合わせも易く、熟練未熟問わず対応できる極めて合理的な判断です」

 うんうんとわかった風に頷く悠抄と、同じくうんうんと意味不明さに頭を悩ませる彩藍の双方の眼前には、依然として説得力を吸い込む黒の物体。

「なので、そのままだと面白くないと判断したので染めて貰いました」

 胸を張って宣言する悠抄に、天猫は当然の処置と退屈そうに新たな茶の準備をし、里長は品物の出来に満足の紫煙を燻らせる。

「悠抄さんなので、この際面白い面白くないはもうどうでも良いですが、だからといってなんで黒なんですか。せめて赤系統ですよね」

「古伝に曰く、だな」

 悠抄の茶杯に茶を淹れ直していた天猫が、誰に向けるでもなくぽつりと呟きを落とす。

「なよ竹の姫は自分に求婚をする公達連中を追い払う為にこの世ならざる五つの宝の難題を出したと言われているが、今回もそれに倣う形で宝集めをしているわけだな」

「あの、姫君にその難題を提供したのはお二人だって以前自白していましたよね。なんでここに来て責任転嫁をしているんですか」

 いかにも古い伝承を語る体の少年剣士に青年が目を眇めるが、天猫は気に留めるでもなく空の器を寄越せ、と手で指示を出した。

「細かい経緯は気にするな。この段階で重要なところは、姫は迂闊にも色彩や形状について指定を入れなかったことだ。指定していれば、もっと楽に阿呆共を追い払えただろうにな」

 だから此度で意表を突こうと問題はない、と締める天猫に、どこの鬼の発想だ、と彩藍がぼやくのも無理のない話である。

 そして、青年の疲労を納得の合図と自発的に早とちりした諸悪の根源が、説明の続きという名の追撃を加えようと、人差し指を立てる。

「そもそもですね、この衣の色は黒橡と言って、正しくはただの黒ではないのです。華原で言うところの玄の色に近い、布の動きと光の加減によって赤味や青味を見せるとても幽玄な色なのですよ」

「そもそも緋は禁色にも近い色だからね、我々は現世の柵に縛られないが、だからこそ忌色に沈める粋というものがあるのさ」

 得意満面とは斯くあらん、と手本のような二人に悪気はないが、彩藍にとっても救いはない。

「あーもう! 皆さんがどれだけ本物だと言い張っても、世の中証拠がなければ、本物も偽物と同じなんですよ! そこはどう開き直りをするつもりですかっ」

 進まない議論に音を上げて茶杯を干す二等事務官に腕を組んだ剣士少年が再度軽く頷いて見せる。

 その隣では何を企んでいるのか、袖に手を入れ探し物をする混乱発生源の姿。

「お浚いだ、彩藍。火鼠の特徴をひと言で簡単に述べてみろ」

 想定外の方向からの指名に、彩藍が思わずわずかに鼻白む。

 そして、鼻白んだことによって、悠抄が袖口より小さな箱を取り出したのを見逃してしまった。

「えっと確か、毛皮は耐熱性があって、肉は美味しくて冬の風物詩でしたっけ?」

「一部余計な特徴も混じっているが、間違えてはいないな。要するに、火鼠は熱に強く火中で毛並みに艶が出るのが最大の特徴だ」

「その通りです。なので、真贋を確かめるためにも一度燃やしてみましょう」

 言うが早いか傍迷惑の権化は、里長より汚れのない大振りの金盆を借り受け衣を乗せると、その上から小箱の中身の妙な匂いのする木片を思い切り振りかける。

「すみません、すごく嫌な予感しかしないのですが、その木片は……」

「準備完了です。くろさん、出番ですよー」

 彩藍の制止もどこ吹く風。

 迷惑な善意の塊が青年の言葉を皆まで聞くことなく小型神獣を軽く抱えると、抱えられた狻猊も主の期待に沿うべく香の香りを伴った熱気を吹きかけた。

 あっという間に火に包まれる仮称贈答品に、彩藍が鎮火しようととっさに空の茶杯を掴むも、黙って見ていろ、と手を掲げて押し留める。

 どういう理屈か、火に焚べられても染料が焼き切れるでなし、皮衣の持つ緋色と相まって藍を伴った黒の艶を増すばかり。

 そして、しばし燃えづけたあと、満足をしたかのように衣そのものが火気を吸い込んでしまった。

 落ち着く衣に合わせるように、気力を使い果たした彩藍も卓に突っ伏す。

「この通り、何色に染めても火鼠の皮衣にかわりはないですよー。むしろ、黒に紅の煌めきが乗って綺麗になっていましたね」

「当然だろう。鉄茶染めの肝は黒の表情だからな、それを出すために飲まず食わずで倒れる職人を運び出すのが里の風物詩だよ。ましてや、うちの染めは秘密の媒染を使っているからね、いい出来は当たり前さ」

 説明で逃げ道を塞いで実演で止めを刺せば相手は納得をせざるを得ない、という理屈を平然と並べる人でなし長命種共に、彩藍が両手を挙げて降参の意を表明する。

「悠抄さんが誤魔化していないのは分かりましたが、これを姫君にご覧に入れて、ものが違うと最初に責められるのは結局下っ端の僕ですよね?」

「失礼ですねー。ぼくがしたことの責任を彩藍くんに押し付けるなんてしませんよ」

 再開したばかりの匙を止め抗議の声を上げる悠抄であるが、当人の意図はどうあれ余計なことをしたことに対しての反省の色はない。

「良いですか、彩藍くん。若い子とは沢山間違える特権を持っているものなのです。なよ竹の姫様も受付嬢さんも、最初は沢山失敗したのですよ。若い子の失敗を謝るのが年長者であり、逆はあり得ません」

 座の誰よりも小柄な少年もどきが若者のあるべき姿を語るという盛大な違和感はさておき、

さり気なく混ぜ込まれた衝撃の事実に不貞腐れ演技を忘れた青年が卓より上体を跳ね上げさせる。

「受付嬢さんって、あの先輩ですよね。先輩が失敗ってどういうことですか?」

「受付嬢さんはですね、書類をばら撒いたり、道具を違う人に渡したりで最初は結構おっちょこちょいさんでしたよ。あぁ、後は何故か書類の束に有給申請書を間違えて挟み込むことも多かったですね」

 受付の鬼の異名を取る受付嬢の、今の姿からは想像できぬ意外な過去である。

 付け加えると、有給申請書の誤配は、意図をされた誤配であろうが。

 思わぬところで総務と調査課の戦いの歴史を聞かされた彩藍は、興味をそそられた若者らしく軽く身を乗り出して耳を傾ける。

「あの先輩にもそんな過去があったんですね。ちなみに、当時の先輩はどんな感じでした?」

「どうと言われても俺も悠抄もあまり庁にいなかったから話す機会はなかったけどな、課付事務官として、よく課長に噛みついていたぞ」

 怖いもの見たさで質問をする彩藍であるが、天猫より帰ってきたのは、鬼は今も昔も鬼であるという情報のみであった。

「お話を聞く限りだと先輩が今の先輩になったのも納得ですが、不慣れとは言え先輩ですらそこまで手古摺ったのなら、僕なんかは期待はずれも良いところですよね」

「そうでもないぞ。各部署の出向事務官になるには経験者の推薦も必要だからな。つまり、あいつらから見ても、お前は十分図太いということだな」

 言外に自分は常識的だと主張する彩藍に、自信を持てと天猫が斜め上の励ましを送る。

 双方が無意識に繰り広げるずれた会話に飽きたらしい悠抄は、それで、と話題を変えるべく里長に改めて向き直った。

「彩藍くんも納得してくれたみたいなので、次のお話に移りますが、ぼくの仮面修繕費と衣の仕立て代でお代はいかほどですか?」

 悠抄が袖口取り出した龍神の抜け髭を収めた箱と破損した面を差し出すと、里長に確認を求める。

「この色艶は、前と変わらず龍爺から譲り受けた髭だろう。ならば、此度の仕事は必要分の残りと交換した端材で足りるとしようかね」

 必要な物だけを取り上げ抜け殻となった箱を里長が無造作に押しやり、受け取った悠抄も検めるでもなく再び袖奥に押し込む。

 さっぱりと精算の終わった衣も理不尽少年に寄って几帳面にしまわれると、同じくするりとしまい込まれた。

 あまりにもあっさりした商取引に、常識を基準に持つ青年が首を捻った。

「差し引きで実質無料って、今回の衣は実はそんなに価値がないとかですか?」

「ふむ、これを価値が低いとは中々豪儀な坊やだね。材料持ち込みだから確かに原価はおさえられてはいるが……」

 里長が一度言葉を区切ると、脳内で算盤を弾いているのか、空を仰いで流れる雲を眺める。

「そうさな、うちの里で材料調達から仕立てまで仕上げると卸値で領ひとつ、商人が店に並べて小国ひとつ、というところかね」

 あまりに法外な価格回答に哀れ常識青年が一瞬息の根を止め、次いで盛大にむせ返った。

 再び突っ伏して咳き込む彩藍の背を卓上を歩いて近寄ったくろさんが軽く叩き、それを見た里長が呵々大笑する。

「それだけ悠抄の持ってきた物は阿呆な格を誇るんだよ。あとは、破損品も元々の素材に加えて術を嗜むものが永らく身につけていたものだからね、術によく馴染むのさ」

「縁は縁を呼ぶのですよ、彩藍くん。交換した部分も、それでお終いではないのです」

 悠抄と里長との説明に引っ掛かりを覚えた彩藍がおずおずと挙手をして発言許可を求める。

「すみません、今すごく物騒なお話をしていませんでしたか? たしか、さっきも呪は縁がどうのと……」

「そうですねー」

 彩藍の素直な疑問に、なんと説明したものかと首を捻って考えると、ひょいと青年に向かって手を伸ばした。

「彩藍くん、手を繋ぎましょう」

「はあ?」

 素直を売りとする青年は、止めとけよ、という神獣の冷ややかな目線に気づくことなく、壊れるままにその小さな手に自らの手を重ねる。

「条件成立です。これでぼくは彩藍くんに呪を掛ける事が可能になります」

「何故いきなりそうなるんですか!」

 人非人による意味不明な人非人発言に、呪術標的候補が堪らず叫び声を上げた。

「このようにして、持ち物の他の人への譲渡や身体の接触は十分に呪の起点になり得ます。だからこそ、本職さんは見るからに怪しい装いをして認識を強化するわけですね」

 世の中に無駄はないのだ、と謎の結論を出す謎生物に、良いから手を離せと常識人青年が今更ながらの抵抗を繰り広げる。

 ひとしきりの喜劇に、天猫が軽い欠伸を漏らした。

「いつまでもここにいても仕方ないし、用も済んだから次にいくぞ、悠抄」

「おや、もうお帰りかい。相も変らず忙しない奴らだね。まぁ、お前達の依頼でこの里まで皮を届けに来た現世の妖が庁で留まっているらしいから、精々労ってやるが良いよ」

 存分に話して興味が失せたのであろう、暇を告げる一行に里長がお座なりに手を振り見送る。

「営業猫鬼その一か。気にせず帰ればいいものを律儀な奴だな。折角だから美味いものでも食わせてやるか」

 短く笑い声を上げる相棒の言葉に、引っ掛かりを覚えたのか、立ち上がりかけた悠抄がそのまま姿勢で器用に首を捻る。

「あぁ、そう言えば……」

 考えること暫し、何事か余計なことを思い出したらしい悠抄がのんびりと拳を打つ。

「梅花さんの修行も兼ねて、皮衣の縫い合わせに参加してもらおうと思っていたのですが、ぼくとしたことがすっかりと忘れてしまっていましたね」

 悪いことをしました、と珍しくしょんぼりと肩を落とす悠抄の姿に、幸運を以て理不尽少年の毒牙を免れるという偉業を果たしたまだ見ぬ女傑に賞賛を送る彩藍であった。

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