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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第四十九話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その四十一

 蛇行する川の水面に張り出した露台は燦々とした日差しを受け、吹き抜ける冷涼な風が火照る頬の熱をとる。

 平穏そのものの山間の里の光景は、一幅の画として茶とともに遠方からの来客を持て成していた。

「お久しぶりです、里長さん。いつ来てもやたらとお元気そうですねー」

 歓迎の茶菓から目を離さず、のっけから大層な挨拶を繰り出す悠抄に、対面に座す家主が音を立てて茶杯を置くと、意味ありげに口角を上げた。

「無沙汰をするのは何時ものことだが、お前達が余人を連れ歩くとは、珍しいこともあるものだ。やれ、明日は槍でも生えるかね」

 手を振りからかうように笑い声を上げる老婆の矍鑠とした言葉に、行儀悪く頬杖をついた天猫がつまらなさそうに息を吐く。

「人聞きの悪いことを言うな。俺も悠抄も別に事務官いびりをしたことはないぞ。いつも、しばらく外回りをして、帰庁したらいつの間にかいなくなっているだけだ」

 心の底からの疑問を表明した天猫は、もっともと一度言葉を切って先達の専属事務官達に哀悼の意を捧げる彩藍に視線を向けた。

「彩藍は自分から外回りに付いていきたいって申し出てきたからな、今までの連中よりは肝が据わっているぞ」

「天猫さん、それは事実誤認です。僕はただ、悠抄さんの仮面の修繕申請が差し戻されたのを報告したら、何故かこんな所まで連れ回されているだけです」

 さらに酷い理論展開に即座に訂正を入れる新人事務官であるが、さればこそ理不尽連中に好まれるという矛盾に気がつく様子はない。

「なるほど、我らの好みそうな性格の坊やらしいな」

「そうなのです。彩藍くんはしっかり者さんなので、いつも有給をなかったことにしてくれるのです」

 興味深げに頷く里長と、どさくさに紛れて有給の抹消を企む制度の敵の会話を聞いて、覚えた違和感に彩藍が首を傾げる。

 会話を反芻して引っ掛かる点を確かめようと中空を眺める彩藍に、天猫が愉快そうに卓の表面を叩く。

「気が付かないのか? 里長は、俺や悠抄と同じく、お前達の言うところの年齢可変型長命種だよ」

 少年剣士のさり気ない暴露に、関わりたくなさ全開で身を引く青年と、それを見て愉快そうに笑いを上げる老婆もどき。

「おかしな彩藍くんですねー。庁内にも外の町にも可変型は沢山いますよ?」

 不思議そうに首を捻る常識を語る非常識に、彩藍が不条理を覚えつつも、それはわかっているが、と右手を掲げる。

「さすがにこんな僻地でまで遭遇するとは思わないじゃないですか」

 いかにも不服そうに不平を押し出す姿は、さしずめ町中で野生の珍獣に遭遇した人間の反応そのものである。

 そういうものか? と顔を見合わせる少年もどきどもと、上機嫌に変わり種の常識人を観察する外見老婆。

「坊や、そこな二人の見た目に騙されるでないよ。こやつらに比べれば、私などまだ小姐さ」

「吐かせ。妖怪変化のくせに何が小娘だ」

 程よく図太い雰囲気を漂わせる青年に今が好機と捉えたか、二人へのからかいついでに自分は若い主張を紛れ込ませる里長と、間髪置かず鼻で笑う天猫である。

「天猫、失礼は駄目ですよー。例え苔むしていても、おじょうさんはおじょうさんなのです」

 平たく発音をして相棒を嗜める悠抄と虚ろに聞き流す彩藍を加えて、一番の無礼は誰であろうか、と寛ぐ神獣がくぁとあくびを漏らす。

「随分親しげてますが、お二方と里長様はどういうご関係なんですか?」

 このまま聞いていては胃が持たないと、回避しようとして藪を突く彩藍に、里長の目がさらに鋭く光るが、生存ぎりぎりの青年が気がつくはずもない。

「なんだい、聞いてないのかい。こやつらとは元同僚の間柄だよ」

「俺と悠抄が調査課に採用になった時に、同期で開発課に配属されたのがこいつだよ」

「三人でお話していると、何故か総務の人に追いかけ回されたものです」

 ひどいですよねー、と朗らかに笑う悠抄であるが、どこをどう取ればひどくない対応をしてもらえると思っているのか。

 如何程の昔か年若い青年には見当もつかない中、曖昧な返事を返しながら強く思った。

 即ち、この三人が同期という、この世の魔境の時代に任官しなくて心底助かった、と。

 そして、この三人が揃えばその場に総務が駆けつけるのも無理はない、と先人の苦労に思いを馳せる。

「ともあれ、古い知り合いに会え、新しい友もできたのも何かの縁だ。ひとつ、手相見の真似事でもしてやろう」

 思考の隙間にするりと入り込む優しげな老婆の言葉に誘われて、彩藍がさしたる疑問も感じずに問答無用の同類に自らの手を預けるという無自覚なひとり肝試しを敢行する。

「ふむ、贔屓紋と学堂紋がはっきりと出ているが、剣難紋と色労紋も強く現れているね」

 想定よりもまともな読みをする里長に、一度目を瞬かせた彩藍が軽く呼吸を整えると、心持ち身を乗り出した。

「つまり、どのような運命でしょうか?」

「そうさね、傍目には人望厚く仕事にも苦労のない順風満帆の人生を送るように見えるが、内実は順風の裏返しとして絶えず変人に付き纏われ、望まぬ苦境の道も歩むだろうね」

 ご愁傷さまなことさね、付け加えられるも、明るくさわやかな老婆の声音に憐れみの色が見えようはずもない。

 さて、と里長がごそりと懐から小槌を取り出すも、あまりにも自然な動作のせいか、彩藍の反応が半拍遅れる。

「見料は爪ひとかけらというところかね」

 言うが早いか、せーの、と小槌を振りかぶる老婆に、それまで大人しく手相見をされていた青年は慌てて自分の手を回収した。

「おや、急に動くとびっくりするじゃないか」

「いや、びっくりはこっちの台詞ですよ! 何の脈絡で小槌が出てきたんですか?!」

 炒り豆が爆ぜた程度の表情で驚きを表現する老婆に、事務青年が引き寄せた左手を抱えて大きく仰け反る。

「ふむ、悠抄達の連れなら、体の一部は離れても力を宿すという程度は聞いているだろう? ちょうど今新しい人形代を試していてね、坊やには爪のひとかけらでも貰おうかと思っただけさね」

 だから安心しろ、と再度手を出すように指示する里長に、彩藍がこめかみをもみほぐして目眩を堪える。

「すみません、悠抄さん。悠抄さん以上に意味不明な方がいるんですが、何を言われているか分かりますか?」

 掲げた小槌を降ろす気配のないままの里長を見据えて、その意図の解説を悠抄に依頼する彩藍である。

 意味不明の言動を別の意味不明に通訳させようという一見効率の良さそうな悪手に、天猫の膝上で微睡むくろさんが薄く片目を開けて鼻から息を抜くが、神獣の呆れに二等事務官が気がついた様子はない。

「八洲に伝わる伝統舞いの一つに、鉄輪という演目があってですねー」

 そして、頷き一つとともに始められた解説は、開口一番から案の定をさらに斜めに飛び越えての意味不明であった。

「ざっくりというと、浮気をして手ひどく自分を裏切った旦那様に、恨み骨髄の奥方が旦那様の髪の毛を埋め込んだ人形で呪を掛けるというお話ですねー。ついでに、境に立ちすぎた奥方は、自身も鬼に変じます。お気の毒様ですね」

 極めて湿度の高い重苦しいあらすじを明るく朗らかに説明する混沌は何と表現すべきか。

 しばし押し黙っていた彩藍が、何を悟ったかふっと息を抜く。

「悠抄さんに助けを求めた僕が間違えていましたので、それ以上の説明は遠慮します」

「わかりました。ではもっと手短に纏めますね。要するに、本体から離れた体の一部は本体と同期します。なので、呪具に埋め込むと彩藍くんを呪う呪具になり得ます」

 わかりましたか? と下から覗き込む不幸の使者に、彩藍が天井の隅を眺めて己が失策を噛み締める。

 確かに講釈は短くなっているのであろう。しかし、聞きたくない部分のみを的確にくり抜いて突きつけてこようとは誰が思うものか。

「現世の、華原の遥か西方の国に、呪術に関する論を纏めた人間がいてな、そいつの書に曰く、呪術とは感染呪術と類感呪術に分類されるらしいが、形代は複合形態の原始的かつ高度な技法と言えるな」

 青年が正当な自己憐憫に浸る間を縫って、膝上の神獣の毛並みを堪能する少年剣士の言葉が響いた。

「はい。舞いの奥方の取った行動は、彼は誰時という境界の曖昧となる刻限に、人を象ったものに対象の一部を埋め込むことで縁を辿って呪を掛けるという中々理にかなった呪法の行使と言えます」

 そして、披露しかけた蘊蓄のかけらも、相棒の齎した機を逃さず回収する悠抄である。

 早速当たったかに思える里長による易であるが、よくよく考えると単なる人災と言うより他ない。

 引いては返す波のような理不尽に、状況の整理に努めるべく、青年が額に人差し指を当て大きく

「何がしたいかは、嫌ですが理解しました。協力はできませんとお答えしたうえでお聞きしますが、爪の欠片を取るのに何で小槌で打ち付けられそうにならなければいけないんですか!」

 青年の魂の疑問を受けた里長は、いつの間にか咥えていた長煙管を深く吸い込むと、紫煙とともに言葉を燻らせた。

「坊や、知らないのかい? 物は槌で叩くと欠けるんだよ?」

 鉱石は鎚で叩くと砕けるだろう? と至極真面目に答える里長であるが、生物と鉱物の硬度差は考慮の外のようである。

 道理の通る理不尽の世界に一人苦悩する青年を観察していた三人であるが、話は変わりますが、と切り出した悠抄のひと言により天猫と里長が姿勢を正した。

「仕立てをお願いしていた衣は、あれからどうなりましたか?」

「心配せずとも、既に仕上がっておるよ」

 意気揚々と答える里長の言葉に、珍しく悠抄が意表を突かれたかのごとく肩を軽く竦める。

 曰く、少なくともひと月は里への滞在を余儀なくされるか思っていたとのことであるが、如何程の無茶を頼んだかと冷たい視線を彩藍が差し向ける。

「物が物だけにな、先客の仕事を投げ捨てての里の職人総出の仕事だったぞ」

 苦労を語る割には、何故か活き活きとしている里長に、彩藍がじわりと不安を募らせる。

「お前達からの無理難題は久しぶりだと、里挙げての狂喜乱舞状態であった故な」

 かとり、と取り出された衣箱から現れたるは、目も覚める鮮やかや緋色の衣、と思いきや、実際に収められていたのは光を返すも吸い込むもそりとした布の塊であった。

「僕の目の錯覚でなければ、この布は緋色ではなく黒ですよね?」

 声と同じく震える指先で畳まれた衣装を指差す彩藍に、悠抄が大きく頷いて見せる。

「はい。そのままだと面白くないので、黒橡に染めて貰いました」

「貴方がたは何でそう、次から次へと余計な事をするんですか!」

 自慢げに胸を張る悠抄と、良い仕事をしたとばかりに額の汗を拭うふりをする里長、そしてさも当然とふんぞり返る天猫。

 息を吸うように混乱を招く可変型長命種三人組に、事務青年の叱責の雷が落ちたのはむべなるかなであった。

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