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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第四十四話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その三十六

「時に、貴殿らの此度の訪問の目的は何だったか」

 一騒動の後にも関わらず朗らかに尋ねる龍神の胆力に、初対面の彩藍のみならず、壁際に控える使用人一同も未知の生物を見るような視線を主に注ぐ。

「さっきまでの騒動が華麗になかったことにされてますが、大丈夫ですか、あの方」

 あまりの切り替えの速さに青年が猫面少年に耳打ちをするが、された側は仕様もなさそうに軽く肩を竦めた。

「大丈夫だ。忘れているわけではないし、悪気があるわけでもない」

 ただ、と天猫が一度言葉を切ってから、つい、と龍神を指さした。

「何というか、大型の生き物に多いんだが、龍は意外と鷹揚なんだよ。伊達に紐状生物をやっていないということだな」

 天猫の褒め言葉に偽装した端的な悪口に、彩藍がなるほど、と納得を示す。

「そういうことでしたら、龍神様もお忙しいでしょうし、ここは悠抄さんの言う通り、目的を果たして早々に御暇するのが吉ですね」

 関わりたくなさを前面に押し出した彩藍の反応に、主座から軽やかな笑い声が響いた。

「そう邪険にしてくれるな、お……青年よ。政は人の子が担って久しいからな、客人が来るとついはしゃいでしまうだけだ」

「そうですねー。ご隠居になる前からほとんど変わっていないような気もしますが、いつも歓迎はしてくれましたねー」

 一言余計を地で行く悠抄が本人にとってはさり気なく擁護をするが、実質的には何の援護にもなってはいない。

 さり気ないひと言に違和感を覚えた彩藍が、悠抄の言葉を脳裏で反芻させるべく右斜め上に顔を向ける。

「今更ですが、悠抄さん達って一体いくつ……」

 深淵に迷い込みかけた青年の思考を留める為か、くろさんが軽く袖を咥えて引いてみせる。

 迂闊な問いは発しない方がいい、と言わんばかりの神獣の態度に彩藍が笑って流そうとするも、少し待て、と自分に言い聞かせてみせる。

 悠抄や天猫が青年の想像より長く存在しても謎は深まるが、仮に見た目通りの年齢であってもそれはそれで何かが怖い気がする。

 僅かな時間とは言え熟考を重ねて、謎は謎のままの方が夢があるとの現実逃避的落着にたどり着いた彩藍が、思考の恩獣たるくろさんに感謝を捧げ、狻猊も胸を反らして応じる。

 そして、傍らでは謎発生生物による主観的説明を受けていた龍神が、ふうむ、と袖を払って腕を組んだ。

「なるほど、仮面の材料と落魂の漁師を助けるための如意珠の入手か。悠抄が人助けとは、世も末か」

「失礼ですねー。泰山庁の仕事は、基本人助けですよ?」

 余計なひと言を付け加える龍神に、わかっていないな、と悠抄が首を振る。

 そして、自発的人助けの実施についての言及はない。

「ともあれ、そういうわけでまずは髭と、あとは逆鱗をください」

 なにを以てまずはなのか不明だが、先程片付けたはずの玄翁を取り出す恐怖の権化を、猫面の相棒が横から軽く叩く。

「話が進まんから、それは後にしろ」

「天猫の言う通りだ。そもそも、逆鱗の乱獲は先の流れで保留となったはずだが」

「それは集計分です。ぼくの取り分は集計外なので、採取権利は有効です」

 本気ではないが、本音を冗談に見えるように擬態させた悠抄の言葉に、天猫が手を浮かせかけ、その手を顎に当てて、終いには欠伸へと変えた。

「待て、天猫よ。今あっさりと儂を見捨てなんだか?」

「いや、面倒だからな。龍神がここで同意したなら、それは趣味だろう、と」

 内面のみで処理を終えた猫面少年に龍神が待ったをかけるも、どうでもよさそうな事実誤認のみで終わった。

 一向に進まない議論に水を差すように、彩藍が挙手での発言を求める。

「それはそうと、宝珠って貴重品ですよね。それをいただいてしまったら、水界のひとが困るのではないですか」

 常識人青年による真っ当な疑問は、室内の青年以外の人物の反疑問で迎え撃たれた。

「……え? なんですか、この沈黙は。僕変なこと言いましたか?」

 戸惑う青年に、龍神が取り出した煙管に煙草を詰めて一息つく。

「青年よ、貴殿は何か勘違いをしているようだが、龍にとっては如意珠とは珍しい物ではないぞ?」

「はぁ、ご本人ですし、それはそうでしょうね」

 呆れを含んだ声音で諭す長い生物に、持ち主が珍しくなくてなんとするのだ、と彩藍が方相氏面越しにいらっとした視線を差し向ける。

「世に龍は少ないと言えど、長くを見れば数え切れぬほど存在するのは、当然の帰結といえよう?」

 龍一人に一つの如意珠となれば、結果として山をなすのは少し考えれば分かること、と夢も希望もない現実を龍神が明かす。

「事実、宝物殿の葛籠に放り込まれているな。故に、与えるに吝かではないが」

 言葉を区切って壁際に並ぶ自らの小間使達に顔を向ける龍神であるが、返ってきた答えは一斉の横向きの首振りであった。

 すまんな、とごく軽く謝罪を寄越してくる紐状生物に、彩藍がちょっと待てと手を翳す。

「いや、それは小間使さん達が正常でしょうけど、じゃぁ、人界で如意珠がありがたいものとして扱われたのは一体……?」

 事務青年の疑問に対し、悠抄が腕を組んで天井を仰ぐ。

 愛嬌滲むその姿は知っていることを伝える事を悩むというよりは、知っていることの伝え方を悩むという様子であった。

「特に昔の王朝に多いですが、天啓や皇祖の徳とは、こういった拾得物のこともありますよ」

 一度言葉を区切ると、悠抄がひょいと肩を竦めた。

「あまり子供の夢を壊すと、後で天猫に叱られるのですけどね」

 子供姿の仮面の人物に子供扱いをされるのは些か説得力に欠けるが、説明を回避できるか否かの瀬戸際に立つ彩藍としてはそれどころではない。

「知らない方が良いことなら、今回は遠慮しま……」

「世の中とはですね、大事にしていたけどなくしても困らないものというのが、往々にして多いのですよ」

 これ幸いと講義からの撤退を図ろうとする青年の言葉尻に被せて説明を始める悠抄に、悪気はないが同じくらいの割合で容赦もない。

 結局は逃げられないか、と遠くを眺める青年に気にかけるではなく、喉の準備の為にと天猫に温かい茶を要求する悠抄。

「そもそもですね、如意宝珠とは摩尼宝珠とも言い、古くはちんたーまにと呼ばれていたのですよ」

 そして切り出された話題は、誰も求めていない名の興りまで遡った。

「正確に言うとですねー、まにとはそもそも宝珠を指すので、摩尼宝珠は珠の珠になるのですが、そこはまぁどうでも良いのです」

 どうでも良いと明言しながらも省略をしない説明魔に、長丁場になると踏んだのか天猫が先程の羅漢果茶に付け加えて雪蛤燉木瓜を差し入れる。

 白緑磁の鉢に映える琥珀よりの深橙色と木瓜と雪蛤の半透明の白の対比によい仕事をしたと額の汗を拭う振りをする天猫に対して、悠抄を除く一同が余計なことをとの恨み節で意見の一致を見る。

「ちんたーとは、身の内より湧き出でる思いや願いを指します。それに道筋を示す為に宝玉の形を取ったものがちんたーまにですね。意に形を成すが如く導く宝珠、つまり如意宝珠です」

 微かに酥を思わせる甘い香りを楽しむと、匙で二粒の雪蛤を掬い取り木瓜の縁に乗せる。

「ここで出る願いとは宝珠を持つのは誰かで意味が変わるのですが、なよ竹の姫様が要望は龍の首の珠なので龍を基準にしますね」

 珠の代わりか、こっち、と片方の雪蛤を指すと、もう片方を木瓜と共に口に運んだ。

「人の世において、龍とは宝珠を携え雨雲を呼び雷鳴を轟かせるものとされていますが、これはあくまでも龍自身の持つ力であって宝珠の力ではないのです」

 龍の如意宝珠に例えた雪蛤を突いて首を振った悠抄が、ひょい、と匙を動かして半透明な物体を元の場所に戻す。

「では、宝珠の持つ通力とは何か、というとですね、これも名前の通り持ち主の力を使おうという意に沿って、龍の力を制御する願いを叶える制御装置なのです。だから、龍の子供には必要でも大人になると不要になるわけですね」

 大雑把に纏める悠抄の言に訂正箇所はないのか、当事者の一人たる龍神が場を客人に任せ、自らは食後の亀苓膏の苦さに口の端を曲げる。

「ですが、まれに不思議な宝珠を得て身を立てる英傑の話がありますよね? 今のお話だと、持ち主の龍以外に珠を使いこなせるのはおかしいのではないですか?」

 疑問を拾う青年の鋭さに、悠抄は拍手を送り、天猫は褒美の砂糖菓子を与える。

 そして、相棒の説明に補足を加えるべく猫面少年が言葉を繋ぐ。

「彩藍の指摘の通り、本来は当人以外が使うことができないが、元々如意とつくだけあって、高徳で野心のある人物の手に渡った場合、誤作動で宝珠に宿る意思を纏める力の片鱗が引き出されることがあるんだよ。片鱗でも龍に相応しい力は力だ。本人の才が加われば戦乱の世を平らげるくらいはできるな」

 元々の持ち主が鷹揚な性格が多いからな、珠の認識機能も持ち主に似た気配かそうでないかなんだろう、と肩を竦める天猫に、彩藍が気の抜けた返事をするが、それ以外にどう反応すれば良いのやら。

「……あの、それって普通に迷惑な話では?」

「そうですねー。龍神さん達もそこは弁えていて不要になった宝玉は管理しているみたいですけど、まぁ、龍神さんなのでたまに紛失もあるようです」

 だから宝珠は有難いけど沢山あって、その割には人の手に渡り辛いのだ、と締め括る悠抄の長口上に、彩藍が痛む頭を押さえる。

「理屈はわかりましたが、ご先祖様のご遺産となるとそれはそれで貴重品ではないですか?」

「うーん、ぼくとしては蔵の肥しも贈答品も大差ないと思うんですけどね」

 どのみち余人には使えない、という一点で問題ないと同意を求める異形面の少年に、頷く龍神本人をを除いて、龍神側面子は耳のない振りを通す。

「なぁ、龍神」

 一旦言葉を切った相棒の隙を縫うように、天猫がぽそりと口を開く。

「宝物殿に納めている"のは”駄目ってことだよな」

 魔の囁きとはこういうことか。

 さり気ないひと言に小間使達は動きを止め、龍神は黙考に沈む。

「そう言えば、儂の孫がそろそろ玉の制御を外せそうであったな」

 思い出したと膝を打つ龍神に壁際一同は目を剥き、猫面少年は素知らぬ様子で茶を啜る。

「ならばこうしよう、孫と手合わせをして勝てばよし、負ければ宝珠を持っていくかわりに何か一つ願いを聞いてやってくれ」

 権威ある紐状生物のひと言により、あらぬ方に転がった話は、彩藍と小間使い達に胃痛を齎して進んだ。

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