技能五輪 6
「攻めているんじゃないんだよ。寧ろ、俺が反省しているんだ」
高城は歪む千香良の顔に慌ててしまう。
「うん、大丈夫」
千香良は悩みを内に溜め込む癖がある。
3年前に、高校を自主退学させられた時も、同じだった。
そして、何かの切掛けで、決壊する。
「親方も龍太も、俺もだけど……千香ちゃんに、期待しすぎだ。誰もが、頂点に立ちたいわけじゃないのに、つい、つい、忘れるんだ。千香ちゃんに限らず、自分の所の職人が、どんな生き方をしようが、職人の勝手なんだよ。それなりに、現場の役に立って、お給料分を働いてさ。殆どの職人が、それで満足なんよ」
千香良は頷いた。
初めは、材料を練ることと、Pコン詰めしか出来なかった。
それと、養生の仕方。
モルタルの下地が塗れるようになって、漆喰、珪藻土。
村岡の櫛引やパターン付けの技術に見惚れて、一人前の左官職人に早く成りたいと思った。
1級左官技能試験の練習で、角や塵の始末も習った。
村岡の古民家再生を手伝って、小舞も編んだ。
新しく覚えることが多くて、大変だったけど、楽しかった。
けれども、最近は、野丁場で、土間打ちと、モルタルばかり塗っている。
櫛引やパターン付けの現場もなければ、漆喰すら、塗っていない。
千香良は毎日、やるせなかった。
そして、仕事以外で変化を求めて星谷に、何となく興味を持った。
「さぁ、先ずは、お寿司を食べよう」
押し黙る千香良に、高城が陽気な声で勧めてくれた。
織部の板皿に乗った寿司は、全部で10勘。
泣いているなんて、勿体ない。
いつだって、美味しい料理は千香良を救う。
先ずは白身。
「甘い」
喉黒は白身のトロと称される。
口の放り込んだ千香良は感嘆の声をあげた。
そして、青柳、槍烏賊、本鮪。
酒が進み、冷酒のグラスが空になると、高城が呼び出しベルを押した。
すると、千香良は箸を置き、酒を待つ。
「でも、千香ちゃんが同じ景色を見ていた派だとは思わなかったな……」
「同じ景色って、どういうこと?」
高城は手酌で猪口に酒を注ぎながら、言葉を探しているようだ。
暫し間が空く。
千香良は高城に大人の仕草に、居住まいを正す。
何か、ご高説でも賜れそうだ。
「俺とか、龍太は、山に登って違う景色を見たいタイプだけど……千香ちゃんは、近所の同じ景色に安心するタイプ……かな。館さんと同じ、って言えば解る?」
「えぇ~館さんと~」
千香良は不服だ。
館には失礼だが、同じにされたくない。
けれども……
高城から見れば同じらしい。
「じゃ、山に登る?」
「違う景色って?」
「それは~苦労して登らないと……」
「お待たせ、致しました」
襖を開けたのは、また、若い仲居だ。
「冷酒、今度は違うのにしようか……お勧めは?」
高城はメニューを手に取りながらも、聞いてみている。
「熱燗が九頭竜でしたら、黒龍はどうでしょう……」
若い仲居は見掛けによらず、知識があるようだ。
「それも、そうだね。じゃあ、それで……」
「はい、かしこまりました」
そして、手なり、手なりで、襖を閉める所作も綺麗だ。
「あの娘、利酒師だって。今度、コンクールにも出るらしいよ」
驚いた千香良は、もう一度、身体を捻って襖を見つめた。
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