技能五輪 4
「監督達の名前が出るなんて、本当に千香ちゃんも一人前になったんだ……」
高城は、感慨深い面持ちで冷酒のグラスを傾ける。
「それは分かんないけど、この間、なんかキタナシュランで、ご飯を奢ってもたったよ」
「キタナッシュランって……ひょっとしたら『美勝屋』か?」
「名前……何だっけ?パーコー定食って豚肉の天麩羅食べたよ」
「なら、間違えなく美勝屋だ。星谷って奴も、やっぱり、知っていたか……俺の通っていた高校の運動部御用達の店なんだ。で、コーネリアスは元気だったか?」
千香良は一瞬、考えて大笑いしだす。
ホールの叔母さんに違いない。
千香良も『猿の惑星』は全部見た。
確かに『コーネリアス』だ。
「駄目だよ」
高城は千香良を笑わせる名人で、何気ない話が、いつも笑壺に填まる。
「でね、龍兄とか、星谷さんを丁稚って呼ぶんだ。ミスが多くて……」
千香良は、星谷に食事を奢って貰った経緯を嬉々と話しだす。
お酒の力で随分とリラックスしてようだ。
高城も相鎚を打ちながら、興味深げに聞いている。
世代が違っても、後輩には親近感が沸くようだ。
すると、今度は生牡蠣と茶碗蒸しが運ばれてきた。
ガラスの器にコロンと、生牡蠣は驚くほど大粒で、茶碗蒸からは蟹の香りがする。
どちらも千香良の大好物だ。
けれども、千香良のグラスは既に空。
箸を付けるのを躊躇ってしまう。
「彼女に同じのと、僕には九頭竜の熱燗を2合お願いします。それで、冷酒は先に持ってきて下さい」
すると、高城が、仲居さんに頼んでくれた。
千香良には、酒のペアリングなんて出来ないので、飲み物は、いつも高城にお任せしている。
仲居さんは、チラリと千香良のグラスに視線を落すと、頷いていた。
「酒を待つと、折角の料理が冷めるけど、猫舌だから丁度、良いな」
高城は千香良の小さな弱点、癖、好み……
何でも1度で覚えてくれる。
「そうだった……龍太に頼まれていたDVD、今のうちに渡しとこう。酒が入ると忘れるからな……」
(何だろう?)
「龍兄に渡しとくね」
千香良は手渡されたDVDをバッグに入れた。
「否、技能五輪は23歳までだから、千香ちゃん用だと思う」
千香良は何の事だか分からない。
それよりも、もっと、星谷の話をしたいのに……
何の事だか分からない。
「技能五輪って?」
すると、勢いよく襖が開く。
「お待たせしました……」
仲居さんの大きな声に、千香良の疑問が空に浮く。
見ると、千香良と同じぐらい若い。
「あぁ、ありがとう……」
高城は若い子に愛想が良い。
(さっさと帰れ!)
千香良は、心の中で悪態をつく。
現場で3年。
ガラが少し悪くなっている。
「技能五輪?って……千香ちゃん、聞いていないんだ」
それでも、此所一番。
必要な話は途切れない。
高城は千香良の声を聞き漏らさなかったようだ。
「だから……何?何?」
会話を続ける客の様子に、若い仲居は名残惜しそうに、戻っていった。
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