汚い食堂 8
起き抜けと同時に、千香良は慌てて階段を降りていく。
母に弁当は要らないと、言うのを忘れていたのだ。
ダイニングでは、既に朝食を終えた父が、朝刊を読んでいた。
「お父さん、お早う」
「お早う」
千香良の朝の挨拶に、父も新聞から顔を上げて答えてくれる。
ダイニングテーブルに置かれた土鍋から推測すると、どうやら朝食はお粥のようだ。
そして、冷蔵庫から卵を取り出す、母の後ろ姿。
キッチンのコンロには、火に掛けられた土鍋と卵焼き器。
平凡な家庭の平凡な食卓……
千香良にとっては、当たり前の朝だ。
「お母さん、もう、お弁当、作っちゃった。今日、弁当、要らなかったんだ……御免なさい……」
「え~、昨日のうちに言ってよ~明日と間違えていたの?」
卵を片手に振り向いた母が、唇を尖らせる。
けれども、弁当程度で母は機嫌を損ねない。
「うううん、明日も要らない。今日は監督さん達と、一緒に行くの」
「あら、千勝ちゃん、もう、一人前なの?」
千香良は何気ない母の言葉に小首を傾げる。
母は、そのまま冷蔵庫に卵を戻すと、段取りを変更。
コーヒーメーカーから父のマグカップにコーヒーを入注いでいる。
朝食の支度はご自分で……との意思表示だろう。
やっぱり、少しだけ怒っている。
(監督さんと食事って、そういう事?)
星谷への思いは恋愛未満。
気持ちの方向転換は未だ出来るような……
千香良は鍋つかみを手に、土鍋を持ってダイニングテーブルに座った。
「行けますか?」
午前中の作業が一段落ついたタイミングで星谷が千香良を呼びに来た。
「おう、行ってこい」
館さんは弁当を掲げて、意思表示。
伺いを立てる千香良に顎を杓った。
そして、現場から車で10分程。
商店街の共有駐車場らしき場所に星谷は車を止めた。
「俺も初めて連れてきてもらったけど……この辺りの店ってやってんの?」
助手席の新藤は茶化した物言いだ。
「どうでしょう……他の店は興味ないですから」
それに対して、相変わらず星谷の言動はクール。
千香良は後部座席で笑いを噛み殺す。
店は駐車場の直ぐ角。
外壁には昭和の看板、ガラス窓にはセロテープで直した破れたポスター。
バラックかと見紛う造りだ。
新藤も興味深げに見回している。
「土壁か?」
「そうです、だから相葉さんを誘ったんです」
「だって」
新藤が千香良に向かって笑顔を見せる。
けれども、千香良は複雑な心境だ。
修業を初めた頃に比べて、興味が薄い。
もう、既に見飽きた感もあるのだ。
「中に入ると、少しだけどコーナーの所で、小舞が剥き出てますから……入りましょう」
そして、星谷が軋む引き戸を開けると、店内は客で溢れ満席。
相当、繁盛しているようだ。
「いらっしゃい、あそこ、直ぐ空くから。あんたら、待ってて」
腰の曲がったお婆さんが、怒鳴るように指図する。
千香良には未知との遭遇に等しかった……
こんにちは咲良ヤヨイです。
読んで下さってありがとうございます。
次話は来週、火曜日です。




