汚い食堂 3
開店直後にデパート店内に入ると、至る所でお出迎えされる。
千香良は何度経験してその都度、照れる。
そして、エスカレーターを上がって左手に一際目立つ赤の什器。
梓は店の前で、通路を行き交うお客様に立礼を繰り返していた。
「いらっしゃいませ」
挨拶のお辞儀は60度。
千香良に気が付いた梓がわざと慇懃無礼な態度で接してきたが、笑いを堪えて肩が震えているのが見て取れる。
「もう……」
「アハハ……いらっしゃい」
満面の笑みの梓が接客カウンターの椅子を引き、千香良を促す。
「基礎一式だよね」
梓は、いつも事前に千香良のカルテに目を通しているようで、必要な品を言い当てると、カウンターの中に回った。
「うん、それと、お母様のクリスマスプレゼントをアイクリームにしようと思うんだけど……問題無いかな?」
千香良の母は、他ブランドの化粧品の愛用者なので、念のために聞いておく。
「うん、大丈夫。予算は?6,490円、7,150円、8,690円、8,800円、14,740円……」
梓が小さなチューブを5本並べて、見せてくれた。
どれも、ゴールドだが、値段が上がるほどに高級感が増して見える。
「やっぱり、高い奴が良いよね」
「まぁ……そうだね。コレだと本当に目尻の皺もほうれい線も消えるからね」
「予算オーバーだけど……」
「半分、お兄様に出して貰うとか……」
「そうだよね。うん、聞いてみる」
千香良はスマホを取り出して、兄宛にラインを送る。
この時間なら、開店前の仕込み中。
直ぐに返信してくれるはずだ。
「どう、最近は彼氏出来た?」
その間に梓が直球で聞いてくる。
いつもの挨拶代わり、と言っていい。
そして、千香良が首を振るのがお約束。
「うふふ」
けれども、千香良は小首を左右に傾げては意味深に笑う。
「何、何?」
梓は自他共に認める聞き上手。
いつもと違う千香良に、グイ、グイと身を乗り出してきた。
「あのね、気になる人に、ご飯に誘われたの」
千香良は、一昨日の出来事だけ梓に伝えて、そこに至るまでを、端折っている。
「え~凄い!イタリアンかな?千香ちゃん家がレストランって知っていたら和食?お洒落居酒屋か~」
梓をわざとらしく仰け反ってから、腕組みをして予想をし始めた。
「汚い食堂だって……」
千香良は唇を尖らして不満がある振りをして見せる。
梓を大きく口を開けたまま、頷くと、唇を引き結び、又頷く。
「良いかも……」
そして、確信を持って言いのけた。




