汚い食堂
座席が確保できずに、吊革に掴まると上腕二頭筋が隆起して、コートの袖がきつい。
PM10時16分の電車は千香良の予想に反して随分と込んでいた。
高層ビルから徐々に、各種チェーン店の看板が目立ちだし、ありふれた街並みに代わって行く。
千香良は車窓からの景色を眺めながら、何を考えるでもなく、ふと思い出す。
(そうだ……クリスマスプレゼント)
人生設計なる物がない千香良には、良くも悪くも常に目先に事が最優先。
日曜日に、もう一度出掛ける予定にしていた事を思い出す。
家までは、途中で普通電車に乗り換えて、終着駅まで。
そして、そこからバスに乗る。
結構、長い道中に思いを馳せる事柄が見つかった。
高城には毎年スリッパを送っている。
母愛用のメーカーの物を送ったら、凄く履きやすいと感激していたので、恒例とした。
室内履きにスリッパといっても、革製品なので結構お高い。
千香良としては大奮発だ。
そして、両親には考え中だが、母には化粧品を贈るつもりだ。
近頃、急に目尻の皺がきになりだしたらしく、ファッション雑誌を見ては、アイクリームが欲しいと、言っている。
多分、10,000円もしないとは思うが……
千香良は考えに耽けりだす。
「あれ?相葉さん」
すると、何故か隣に乗客に苗字を呼ばれた。
どの途中停車駅から乗り込んできたのだろうか……
左隣は女性だったはずだが、男性の声だ。
そして、顔を左に捻った千香良は驚愕。
星屋が隣に立っているではないか。
「こんな時間に、女子会ですか?僕は電気屋さんに付き合って少しだけ……」
微かだが息が酒臭い。
「はい」
間投詞で答えるのが精一杯だ。
しかも、抑揚がない。
千香良は急激に酔いが回ったように顔が熱くなり、会話を成立させるなんて無理。
「やっぱり、僕、姉さんが居るから……姉さんも大体この時間だと女子会。でも、全然、酔っていないように見えるけど、お酒は飲まないの?」
けれども、星谷はお構いなしに話し掛けてくる。
(違うよ~飲まないんじゃなくて、飲めすぎちゃうんだよ~)
千香良は返事に困り、小首を傾げる。
「じゃあ、食べるのが専門ですね。そうだ、僕の現場に今度は、いつ来ます?汚い食堂で飯を奢ります。松茸、お袋が凄く喜んで……思い掛けなく親孝行出来ました」
フレンドリーな態度は酒のせいだろう。
(酔っている、酔っている……本気にするな~)
「じゃあ」
(え?)
唐突な退席だ。
呆気にとられる千香良を余所に、星谷は人を掻き分けながらドアの方に進んでいる。
すると、車両の速度が遅くなり、ドアが開く。
千香良は何だかサッパリ分からなかった。




