恋をしている場合か?
今週は何かと慌ただしく、1週間があっという間に過ぎた。
そして週末を迎えた千香良は、久しぶりに、美々と食事に行く約束をしている。
美々は千香良と同じく社会人。
三上を介して知り合った大学生連中とは違い、話が噛み合う。
今日は丁稚の話を聞いて貰おうと思っている。
仕事も今日は刃物工場でPコン詰めと、お得意の作業。
千香良は鼻歌交じりで、指先を動かしていた。
「ご機嫌じゃん」
すると、背後から馴染みに声が……
土間屋の元ヤン、城島に違いない。
振り向かなくても分るのが嫌だ。
「うん、今日は友達と、ご飯に行くんだ……城島さんは?真逆、今か土間打ちじゃないよね……」
千香良は背中を向けたままで話しを返す。
「んな、訳ないだろ……もう直ぐ昼だぞ……今から打ったら、押さえが終わるのが夜中になるわ。で、龍太さんは?」
「だよね。龍兄は監督と打ち合わせだから、多分、現場事務所だと思うけど……用事?」
「おう、此奴が左官になりたいって言うから相談に……」
「えっ?」
千香良が城島の意外な言葉に振り向くと……
城島の隣に詰め襟の男子が1人、立っていた。
制服は規制のままで、着崩してもいない。
ヤンキーでは無さそうだ。
「ツレの弟で、まだ中坊だけどな……今日は期末テストで早いって言うから連れてきた。龍太さんにはラインでOK貰ってから……此奴は拓哉な」
「こんにちは」
「こんにちは」
千香良は敢えて名乗らずに挨拶だけを返した。
龍太よりも先に自己紹介するのも……
違う気がする。
それでも、何だか心が騒ぐ。
後輩が出来るかもしれないのだ。
(今日は美々と恋バナの予定だったのに……)
千香良は丁稚よりも眼前の中坊が気になってしまう。
拓哉は千香良が手にしている鏝板を凝視しているのだ。
「お姉さんは何をしているんですか?」
「Pコン詰めな……」
城島が千香良の代わりに説明をしてくれている。
拓哉も熱心に聞いているようだ。
「千香ちゃん、拓哉も見たいだろうから、作業を続けて……」
頷いた千香良は背を向けると、親指で鏝板からモルタルを掬う。
すると後頭部に熱い視線が刺さる。
倦怠期気味の千香良には何とも羨ましい限りだった……
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