やっぱりそうなるわけで
「健太郎め、おれに任せろなどと言っておいて……」
明かりの灯った室内に店主の声が落ちる。白寿堂が壊されることはないと説明を受け、慌てて駆け付けた経緯を話してどっと疲れが出てきたよつはは、うなるように言う店主に引かれるまま並んで縁台に座って、ステンドグラスを見上げていた。
外からの明かりが差し込まないステンドグラスは、部屋のなかの電気に照らされてその図柄がよく見える。これまでずっと光を透かしたそのきらめきを美しいと思い眺めていたけれど、陽の落ちたいま改めて見ると、その図柄自体の美しさがよくわかった。
花鳥風月、といえばいいのだろうか。あちらこちらに色とりどりの花が散りばめられ、その合間を華やかな鳥たちが舞っている。けれど色鮮やかな花や鳥ばかりではない。落ち着いた青や黒に近い青色がそれらを包み込み、華々しくも静かな景色を作り出していた。
チリン。涼やかな音にはっとしたよつはが顔を上げると、ちょうど珠串が受話器を置いたところだった。壁際から離れよつはに向き直った珠串が静かに告げる。
「今すぐ駆け付ける、とのことです。健太郎さんはいろいろと弁明をしておりましたが、それは本人の口から聞いてやってください」
言ってからふう、とため息をついた珠串に、花緑青が食ってかかる。
「やっぱりあの男に任せないで、ちゃんとよつはに連絡すべきだったんだわ! あの男が工事の依頼をした、なんて話をしてきたときにどうして「連絡はこちらからします」って言わなかったのよ!」
「庭にすこし物置小屋を設置するだけだから、と申されましたから……いえ、言い訳は見苦しいですね。よつはさんに直接、お話すべきでした。思慮に欠ける行動でした。申し訳ありません」
花緑青のぶつけどころのない苛立ちを受け止めた珠串は、立ったまま頭を深く下げる。そんな珠串によつはは慌てて立ち上がり首を振る。
「いえ、勝手に勘違いして慌ててしまい、お騒がせしてこちらこそすみませんでした。珠串さんのせいではないので、どうか頭を上げてください!」
そう、白寿堂が取り壊されると思ったのはよつはの勘違いだった。実際は健太郎の計画した庭に小屋を設置するだけの工事だという。白寿堂の前に置かれた重機は設置場所を均すためのもので、敷地と道路を隔てていた三角コーンや虎柄のバーは、作業中であることを知らせるために置かれていただけのもの。
よつはの元に送られてきた礼華からの写真のあとにも「よつはちゃんのバイト先、増築するの?」というメッセージが添えられていた。
白寿堂の無事を確認し、取り壊しの予定がないとわかってようやく安心したところで、ようやくそのメッセージに気が付いたのだった。礼華はきちんと伝えてくれていたのに。
すべてはよつはの早とちりが招いたこと。そう思って申し訳なくなっているよつはの腰に店主の腕が回り、よつははすとんと座らされる。
「あの……」
元の通り店主の横に腰を下ろすことになったよつはが戸惑っていると、腰に回した腕をほどかないまま店主が玄関を見据えていらいらとこぼす。
「あいつはいつもそうだ。気が急いて失敗することなど数えられぬほどあったというのに、いまだに学んでいない。万一、慌てたよつはが怪我でもしていたら二度とこの家の敷居をまたがせんぞ」
「そうよ、よつはを心配させただけでも、罪深いことだわ。あたしの名前を呼ぶ権利を取り上げてやろうかしら!」
店主の苛立ちに花緑青が同調する。このふたりをなだめて落ち着かせるにはどうしたら、とよつはがおろおろしていると、下げていた頭をようやく上げてくれた珠串が不意に表情をやわらげた。
「それにしても、よつはさんがこんなにも白寿堂を思ってくださっているなんて。わたくしはとてもうれしく思います」
にっこりと笑った珠串に、よつはは思わずこくりとうなずいた。
「大好きだったみたいです。前から好きだとは思ってたんですが、今回のことで失くしたら胸がつぶれると思うくらい大好きになっていたと、気が付きました」
本日、改めて認識した思いをよつはが真面目に答えたところで、花緑青がさっきまでの表情を一変させてにんまりと笑う。
「へえええぇぇぇ~?」
妙に長いあいづちを打つ花緑青が見つめる先には、店主がいた。おどろいたようによつはを見た店主は、よつはと目が合うとくるりとそっぽを向いた。よつはから見えるのは横顔だけになってしまったが、手のひらで隠した顔がじわじわと赤く染まっていくのを見る限り、さきほどまでの苛立ちはすっかりどこかへ消えたようだ。
そんな店主を見る花緑青は、たいへん機嫌よさそうに笑っている。
「ねえ、よつはは白寿堂のこと、好きなのね?」
目を細めて笑う花緑青に問われて、よつははためらわずうなずいた。
「うん、好き。大好き」
言った瞬間、真横に座った店主の体がぴきりと強張るのが伝わってきた。
「よつはは白寿堂が大好きなんですって! んふふふふふ。あなたもよつはのこと、離したくないくらいに思ってるみたいだし、よかったわねえ、彩さん?」
にまにま笑いながら花緑青が言うと、店主は勢いよく振り向いた。そして、自分の手がよつはの腰に回っているのに今気が付いたかのように慌てて腕を引っ込めて、ぎくしゃくとした動きでよつはから距離を取って座りなおす。
その様子を珠串はにこにこと、花緑青はにやにやと笑って見ている。
そんなふたりと床とのあいだに視線を行ったり来たりさせていた店主だったが、不意にぐっとこぶしを握りしめて胸を張った。
「おれも、よつはが!」
どんどんどん!
言いかけた店主の声をさえぎって玄関の扉が強く叩かれる。
思わず立ち上がったよつはだったが、開けても大丈夫な客だろうか、とちらりと振り返ってみると、がっくりとうなだれた店主の後頭部が見えた。




