告白
肩を落としてうなだれる店主を気にしながらも、よつはは立ち上がった。
いつもならば率先して動く珠串が、床に根を張ったように立っているのを見て、よくない客なのだろうか、と足がにぶる。
けれどちらりと視線を向けた店主はなにを言うわけでもない。そのあいだにも扉は叩かれ続けているので、よつはは意を決して玄関に向かう。
「はい、いま開けます」
そういえば、いつの間に鍵を閉めたのだろう。ふとそんなことを思いながら開けた扉から健太郎が飛び込んできて、ささやかな疑問は吹き飛んだ。
「ごめん! ほんっと、ごめんなさい! 完全に忘れてました!」
玄関に入るなり、靴も脱がずに健太郎が手を合わせて頭を下げる。そう広くない玄関に二人で立ったままそんなことをされては、よつはは仰け反るしかない。
できれば話は家にあがってから、と言い出す間もなく顔を上げた健太郎の口が動き出す。
「いや、すぐ連絡するつもりだったんだよ、ほんとだよ? ただ、そのときよつはちゃんは試験期間中だったから、邪魔しちゃいけないと思ってさ。聞けば、八月いっぱいはここに来ないって言うでしょ? だったら八月中に連絡すればいいやって思ってるうちに仕事はあるわ親父にも呼び出されるわ、いろいろあってね。連絡するのがどんどん遅くなって、気づけばお盆も過ぎて、こんな、こと、に……」
息つく暇もなく喋り始めた健太郎だったが、その口がだんだんと鈍くなりついには動きを止めた。
どうしたのだろう、とよつはが見上げた健太郎の目は、よつはの頭ごしに部屋のなかに向けられている。
くるり、と振り向いたよつはは、そこに笑顔の珠串と眉間にしわを寄せた花緑青を見た。
笑顔のはずなのに、珠串のその目は笑っていない。眉間にしわを寄せて怒っているはずなのに、花緑青の目は恐ろしいほど冷めきっている。
刺激してはいけない。そう感じたよつはがそろそろと首を戻すと、目の前には汗をにじませながら青ざめて固まっている、健太郎の引きつった笑い顔があった。
「さて、言い訳はそれくらいにしていただいて。健太郎さんは、ちょっと別室でお話をいたしましょう。ね?」
「……はい」
「喜びなさい、あたしも付いて行ってあげるわ」
「…………はい」
にっこりと笑った珠串と花緑青が、健太郎を引きずって階段を登り、建物の奥の暗がりに消えていく。よつはには健太郎を助ける力がないので、そのしょぼくれた後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「よつは」
しんと静まった部屋に、声が落ちる。静かな、耳にやさしい声だ。その声がいまはすこし固くなっていて、店主が緊張しているのだと告げていた。
「彩さん、どうしたの」
呼ばれるままそばに行けば、縁台に座った店主が真剣な表情でよつはを見上げてくる。
透きとおって、きらめくきれいな瞳。それだけではなくて、真っ直ぐに見つめてくるその強さもまた、よつはを引きつける。
どれくらい見つめあっていたのか、意を決したように店主が口を開いた。
「よつはに、伝えたいことがある。だが、そのまえに言っておかなければならないことがある」
きれいな瞳に宿った強い光。それは夜でも変わらず美しい。強い光をたたえた瞳でよつはを見据え、ぐっと眉間に力を入れた店主は告げる。
「おれは、ひとではない。つくもがみだ」
「うん、知ってる」
重々しい店主のことばに、よつははこっくりうなずいた。とたんに店主は顔のこわばりがほどけて、目を丸くし口をぽかんと開ける。
「え?」
「彩さんは白寿堂でしょう。この家がつくもがみになった、それが彩さん」
「あ、ああ。そうだ。でも、なぜ……」
なぜ知っているのか。そう思っているのがありありとわかる店主に、よつはは首をかしげた。
「目がステンドグラスと同じ色してる。髪の色は屋根にそっくり。それになにより、雰囲気が同じ。白寿堂も彩さんのそばも、ずっと静かで居心地がいい」
よつはがしゃべるたびに店主の頬が赤みを増していく。見開かれた目はゆらゆらと光が揺れて、きらめく水面のようだ。
「彩さんが白寿堂だってわかってて、白寿堂が大好きって言った。彩さんのこと好きだから。雰囲気が好き、見た目も好き。彩さんに嫌われたくないと思ったし、そのきれいな瞳に自分が映っているのを見たら、すごくうれしくなった。それはきっと、彩さんが大好きだから」
ひとつひとつ、自分の気持ちを確かめながら伝えるたびに、店主は顔だけでなく耳や首まで赤く染め、視線をさ迷わせてうろたえる。ゆるゆると持ち上げた右手で顔をおおった店主は、指の隙間からうめくような声を出した。
「おれも……」
ちいさな声を聞き逃したくなくて、よつはは縁台に歩み寄って店主の横に腰を下ろす。必死にことばをつむごうとする姿を助けたくて、縁台の上で握り締められた店主の左手に自分の手をそっと重ねた。
びくりと震えた店主のこぶしは、けれど逃げることなくその場にとどまった。よつはの手のしたで、ぎゅうと握りしめられたこぶし。熱いその手の熱が触れたところから伝わって、よつはの手もすっかり熱くなったころ。
店主の口が、かすれながらも確かな音を伝える。
「おれも、よつはが好きだ」
ちいさな、けれどはっきりと届いた声がうれしくて、よつはは店主の手をきゅっと握った。




